姉ちゃんと秘密の部屋の主

「はあ、疲れた〜」


学校からバイトへ行って、家に帰ってきて現在夜の9時30分を少し過ぎたところ。どさっと机の上に鞄をおくと、後ろでクローゼットの開く音がした。「お帰り、七海」大やもりが機嫌のいい声で、クローゼットの僅かな隙間から此方を覗いている。「…ただいま、大やもり」。迎えてくれるなら、そんなクローゼットに籠ってないで、出てきたらいいのに、と思った。

先日から私の部屋のクローゼットに住み着いた大やもりは、特に問題を起こすことなく引きこもっている。いや、引きこもりだから問題も起きない、というのが正しいのか。とにかくなかなか快適に過ごしているらしく、私が帰ってくると、こうして上機嫌に声をかけてくれるのだった。

私は普段学校、バイトもあるし、何だかんだこの部屋にいる時間が短い。大やもりが住み着くまで気付かなかったけど、寝るための部屋といっても過言ではなかった。だから大やもりとの接触もそれほどなく、こうして夜の間に限られている。景太もその現状を知ってか、今では何もいってこなくなった。


とりあえず上手く同居できてるってことだよね…?

私は、身に付けていたブレザーをハンガーにかけ、最近新たに買ってもらったパイプハンガーにかけた。スカートやらワイシャツは、お風呂のあとでいいだろう。さて、疲れを癒しに行こうかな…


「七海〜」
「わっ!吃驚した…!」


そのとき、くん、とスカートに引っ掛かりを覚えた。見下ろせば、クローゼットの隙間から大やもりが手を伸ばしてスカートを握っている。
「大やもり?どうしたの?」そっと顔を覗かせた大やもりは、何だか子どもみたいな顔をしていた。


「どこ行くの?」
「どこって…お風呂だよ」
「お風呂…すぐ戻る?」
「え?う、うーん…まあ、そんなに長くはかからない、かなあ」


本当はゆっくり湯船に浸かりたかったのだが、これは許してもらえなさそうな雰囲気だ。何か私に用でもあるんだろうか。未だにスカートの端を握ったままの大やもりに首を傾げる。大やもりはくいくいとスカートを引っ張ると、「お風呂…終わったら俺の髪の毛とかして」と言ってきた。何だって?


「七海、ケータの髪の毛とかしてあげたりしてるんでしょ?」
「え?ああ…お風呂上がりね、やってって言われるから…」


景太はとにかく私と引っ付いていたいのか、お風呂上がりによく髪の毛を乾かしてと言ってきたりする。その事を大やもりは言っていたらしく「じゃあ俺も」とのこと。え、だから突然なんで?!


「大やもりはお風呂入らないでしょ!?」
「うん。でも七海に髪の毛結び直してもらいたい」


さっきと言ってること、少し変わってるし!
「ねえ、ダメ?」と大やもりがくいくいスカートを引っ張る。先日、大やもりはことのほか「強引ぐマイウェイ」な妖怪だということを知ったばかりだ。
何で私をご所望なのかはわからないけれど、これはオーケーを出さない限り離してくれなさそうである。


「…わかった。じゃあお風呂終わったらね」
「うん、ありがと。待ってるね」


大やもりは満足げに笑うと、そろそろとクローゼットの扉を閉めた。それ以降は物音がしない。…仕方ない、とりあえずお風呂入ってこよう。

着替えを持って部屋を出る。するとお風呂上がりの景太が「姉ちゃんー!髪乾かしてー!」と走ってやってきた。ドライヤーを持ちながら期待を込めた目でこちらを見上げてくる。本当にこの子、キュン太郎でも憑いかれてるんじゃないかなあ。


「えー私もこれからお風呂なんだけど…」
「姉ちゃんに乾かしてもらいたいの!ね、ダメ?」


これは大やもりと同じパターン!
ここまでされたら断ることなんてできない。

私は、仕方ないなあとため息をつくと、ドライヤーを景太から受け取った。伴って景太の部屋へと向かう。

そこでふと気付いた。景太と同じ行動をする大やもり。
もしかして、甘えん坊が二人になった?!

いや、まさか大やもりに限ってね…と思い直し、私は、寄りかかってくる景太の髪を鋤く。

それが後程見事に打ち砕かれることになるとは、そのときの私には知りもしない事実なのだった。