饅頭戦争

今日のおやつはお饅頭だったらしい。テーブルに残された「元祖」と「本家」と書かれた2つのそれが目に入り、無意識に手を伸ばす。
こんな時間だけど食べちゃおう。ダイエットは明日から明日から…さあ、いざ!というところで、どろんという音が聞こえた。え、何ごと?


「七海!それは元祖か、本家か?!」
「は?」


振り向いた先に現れたのは、景太の友達である大ガマだった。すずいと迫られて、お饅頭を食べようとしていた大口のまま、私は固まる。女子としての恥じらいも何もあったものではないが、それよりも迫りくる蛙の妖怪のほうに気をとられてしまうのは仕方がないだろう。だって近い、うえに睨まれてる。


「どっちなんだ、七海!」
「や、どっちって言われても…何のこと?」
「その手にもつ饅頭のことだ」


大ガマに指差され、私は手に持つ饅頭を見下ろす。ふわっとした生地の上に書かれている文字と言えば。


「元祖、だねえ」
「何だと!?」


カッ!と大ガマの目が見開いた。え、何で怒ってるの。


「七海、饅頭と言えばこしあん!こしあんと言えば本家饅頭!そうだろう!?」
「は。えーと?」
「ここで元祖を選ぶなど…信じられない!」


何なんだこいつは。面倒くさい。饅頭なんてこしあんだろうとつぶあんだろうと、私はどちらでもいい。それよりお腹すいてるんだから早く食べたいんですけど、という旨を伝えれば、大ガマは悲しそうに顔を歪めて、私の手をそっととった。


「なあ、レディー。俺はお前と同じものを好きでいたい」
「はい?」
「七海は違うのか?」


食べ物の好みなんて人それぞれでしょ。そう言いたかったが、大ガマが手を握ったまま上目遣いで見上げてくるので、言葉につまってしまった。更にはその手のひらに唇を寄せようとしてきたので、私は慌ててその手を引っ込めた。チッと舌打ちが聞こえたような気がしたけど幻聴だよね。
このまま元祖饅頭を食べれば、もっと面倒くさくなりそうだ。仕方ないなあ。


「わかったよ、本家を食べるよ…」
「本当か?!」
「う、うん…」
「ああ、さすが俺のレディー!」


ここぞとばかりに甘い言葉を吐く大ガマ。
正直私は食べられればどちらでもいいのだ。
しかし、感極まったように、大ガマは両腕を広げて抱きつこうとしてくる。私が改心したと思ったらしい。それをさっとかわして、テーブルの上に残された1つを手に取った。かわりにもともと持っていた元祖饅頭を置けば、残念そうにしていた大ガマが満足げに笑う。


「土蜘蛛め、ざまあ見ろだな。七海は俺がもらった!」
「私は大ガマのものじゃないけどね」
「これから七海は本家軍!ケータには裏切られたからな。これからは俺がレディーを守る」
「はあ、それはどうも」


それよりお饅頭、食べていいですか。
勝手に盛り上がっている大ガマに、私の声は届いていないようだった。