蛍火に故人を偲ぶ

※姉主もフユニャンもガッツKの存在を知りません




「う、わ!すごい…!」
「ああ。ここは昔も今も、変わってないからな」


ケマモト村に住むおばあちゃんを訪ねた先で、私はフユニャンという妖怪に出会った。
景太曰く、彼は浮幽霊の猫らしい。だから名前もフユニャンなのかと、一人納得したものだった。地縛霊の猫だからジバニャン、浮幽霊の猫だからフユニャン。妖怪たちのネーミングセンスって、結構安易なんだなあと思う。

そんなフユニャンと、私は今、ホタルの小道というところに来ている。なんてことはない、ケマモト村に流れている川の岸辺である。
久しぶりにケマモト村に来たのだから、蛍の大群がみたい!と、そういった私に、フユニャンが案内をかって出てくれたのだ。曰く、ケマモト村の夜は他の街に比べて暗いから、妖怪も出やすく危険なのだとか。
…確かに「いろいろ出そう」な雰囲気かもしれない。フユニャンの申し出を、私はありがたく受け取った。

ーーちなみに後から景太たちも来る予定だ。花火を持ってきたからやるのだと、ウィスパーたちと話していた。


目の前には、町の光に頼ることなく、ちらちらと光る川の水面。それはとても幻想的で、何度見ても飽きることがない。「やはり夏と言えば蛍だな」というフユニャンに、私も「うん」と頷いた。


「やっぱりすごいね…さくらニュータウンじゃ、蛍なんてお目にかかれないよ」
「蛍は綺麗な水辺ではないと生きられないからな」


さくらニュータウンも綺麗な街ではあるけれど、やはりケマモト村には敵わない。車がゴウゴウと行き交い、空いている土地は埋められ、家が建てられる。当然、虫や動物たちの生態に影響がでてしまう。

自然と共に生きるこの村は、先を行く「時代」に取り残されたように見えるだろう。けれど、逆を言えばその「時代」を守りながら、息づいているのだとも言えた。

その証拠に、ここの蛍は「時代」に殺されなかったのだから。


チラチラと蛍の光が舞う。そういえば、蛍が光るのは異性の蛍にプロポーズするためだ、と授業か何かで習った気がする。一夏の恋か。いいなあ、蛍さんってばリア充なんだから。そんな風にぼんやり見ていたからか、「懐かしいな」とポツリと呟いたフユニャンの言葉を危うく流してしまうところだった。


「…フユニャン?」


今、確かに何か言ったよね?確認するように視線を向ける。彼は浮幽霊らしくふよふよと浮きながら、飛び交う蛍を見ていた。


「…昔、俺もケイゾーとよくここに来た。昼はこの川で泳ぎ、夜は蛍をとった」
「…うん」
「蛍は死者の霊魂だという人もいる。あいつの魂も、こうしてここに遊びに来たりするんだろうか」


フユニャンはおじいちゃんにとって、親友だったと景太から聞いた。それこそ、景太とジバニャンのような関係だったのだろう。
楽しかったことや、辛かったこと、同じときを、彼らはずっと一緒に過ごしてきた。けれども、別れはやってくる。「死」という、避けられないものが、フユニャンとおじいちゃんにもやってきた。

不死の妖怪とは違い、人は、必ず天に召されるときが来る。フユニャンはその瞬間、何を思い、おじいちゃんにどんな言葉をかけたのだろう。
そんな姿を想像しただけで、私は切なくなるのだった。


「フユニャン…」
「悪いな。何だか湿っぽくなってしまった」


こちらをようやっと見たフユニャンは苦笑して、頬をかく。それでもすぐにまた蛍へと目を移した。

亡き親友へと思いを馳せながら。


私にはかける言葉が見つからなかった。



しばらくの間、フユニャンと私は、飛び交う蛍火を見ているようで見ていない時間を過ごした。多分、お互い想いは別のところにあったのだと思う。どのくらいの時間がたっただろう。先に沈黙を破ったのは、フユニャンだった。


「…そろそろ、ケータたちも来るだろう」
「うん、そうだね」
「花火をするのに手頃な場所を探すか。ここだと木が近くて危ないからな」
「うん…。ね、フユニャン」
「ん?」
「私、フユニャンに会えて良かったよ」



それは、蛍を見ながら真っ白になった頭で考えて、すんなり出てきた私の気持ちだった。
「だって、おじいちゃんの若いときの話、いっぱい聞けるから」にこりと笑いかければ、フユニャンは驚いたように、口をぽかんと開けていた。


「きっとね、私のこの妖怪が見える能力は…おじいちゃんがくれたんだよ。おじいちゃんの親友であるフユニャンと、また友達になるために」
「七海…」
「だからさ、私とも、友達になってくれる?」


蛍が一斉に、空へと舞う。その光が川に反射して、とても綺麗だ。


「…何を言っているんだ。もう友達じゃないか」


「これは運命なんだからな」そういって、ニヒルに笑う。「うん、そうだね。ありがとう」私も同じように笑い返した。




「あ!いた!おーい姉ちゃんー!フユニャンー!」
「お待たせしましたでうぃっす〜」
「花火やるニャン!花火!」


少し遠くから、景太たちが駆け寄ってくる。その姿に手を振ってから、私は隣で浮遊する猫を抱き上げた。「あ、おい!七海…!!」おや、珍しい。フユニャンが頬を染めている。その姿が普段とは違ってあまりにも可愛らしく、私はこっそり笑ってしまった。
こんな素敵な友達を持てて幸せだと思う。


「これからもよろしくね、フユニャン」
「!…ああ」


景太の「あ!フユニャン!ちょっと何で大人しく抱かれてるのさ!」「七海ちゃん!オレっちも抱っこニャン!」という抗議が聞こえたけれど、私は花火が始まるまでそうしていた。
フユニャンの思いが、あの飛び交うおじいちゃんの魂に届きますように。そう思いながら。