姉ちゃんのお悩み相談室(2/2)

「姉ちゃん!おかえり!」
「うわ、わあ!」


家に上がると、弟が走った勢いのまま抱きついてきた。ちょうど下を向いていたから、不意打ちを食らう。ああ、ビックリした。


「ただいま、ケータ」
「姉ちゃん!今日バイトだったんだよね?パンもらってきた?!」
「え?ああ、うん、今日はクリームパンもカレーパンもなかったから…クロワッサンだけどね」
「それでもいいや!姉ちゃん、ちょっと俺の部屋来て!助けてー!」
「え、え?」
「早く〜!」


帰ってきたばかりなのに、何だ急に。
景太は相当困っているのか、捕まれた手は若干汗ばんでいた。
ぐいぐいと手を引っ張られながら、階段を上る。「お待たせ!」バーン!勢いよく扉を開ければ。


「遅かったじゃないのジュバ〜ン」
「け、け、け、ケータくんー!」


ドンヨリーヌが部屋を大きく陣取っていた。ウィスパーがこちらに逃げてくる。

何だこの状況は。


「あら、七海じゃないの。おかえりなさいジュバ〜ン」
「うん…ただいま。えと、ドンヨリーヌ、どうしたの?」
「それが、旦那と喧嘩中なのジュバ〜ン」


ああ、そういうこと。

瞬時にさとった私は、隣の景太をジト目で見やる。「ごめん!」のポーズを返されて、仕方なく私はドンヨリーヌに気付かれないようため息をついた。

ドンヨリーヌの好物はパンだ。それならやることは一つしかない。


「ね、ドンヨリーヌ。今日バイト先でパンもらってきたんだ。私の部屋でそれ食べながら、お茶でもしない?」
「素敵ジュバ〜ン。お邪魔するわ。ケータくん、ありがとうジュバ〜ン」
「ううん、いいんだよ…姉ちゃん、よろしくね!」
「はいはい」


ドンヨリーヌをつれて、景太の部屋を出る。ドアを閉める際に景太に目配せし、こくりとうなずくのを確認した。
さて、これから時間外労働するか。
私は持っていたバックを抱え直し、中に入っているパンに全てを賭けることにした。



「それで、あの人ったらこう言ったのよ。お前は考えすぎだって。そんなこと言ったって、アタクシはこういう性分ジュバ〜ン」
「うんうん。わかるよ。私たち女子って、男よりもいろんなことに気を回してるから、いっぱい考えちゃうんだよね」
「そうジュバ〜ン!さすが七海、話をわかってくれて嬉しいジュバ〜ン」
「あはは…そうかなあ。さ、ドンヨリーヌ、もうひとつパン食べて?」
「ありがとうジュバ〜ン」


こっちの部屋に来てから20分か。
ドンヨリーヌがもそもそとパンを食べ始めたのを見てから、私はこっそり時計を確認した。
そろそろケータが真の救世主を連れてくるだろう。それまでただひたすら耐えるしかなかった。

といっても、私はドンヨリーヌの話が、結構好きだったりする。何だかんだ彼女は、夫のホノボーノのことを心から愛しているのだ。そこからやってくる心の機敏は、私にとってとても新鮮というか…人生経験になると思っている。
だから話を聞くのは嫌いじゃない。が、なんせこのどんよりした雰囲気が少々辛いのだった。


「もうきっと、あの人はアタクシのことを愛してはいないんだわ」


ああ、出た。ドンヨリーヌの決め(?)台詞。「そんなことないよ」と否定して、私はドンヨリーヌの目を覗きこんだ。


「だって、ドンヨリーヌはホノボーノのことをこんなにも愛してるんだもん。今日はたまたますれ違っちゃったけど、ドンヨリーヌの気持ちはちゃんと伝わってると思うよ?」
「そうかしらジュバ〜ン…」
「うん、絶対そうだよ!」


私の言葉に、ドンヨリーヌは少し気分を持ち直したようだった。まあ依然としてどんよーりしてるのだけど。


「ところで、喧嘩の原因って結局なんだったの?」
「ああ、それは…」
「こんなところにいたボーノ!」


そこに割り込んできた声に、私はようやく肩の力を抜いた。
狭い扉から、体を斜めにしてホノボーノが入ってくる。後ろからはもちろん、ケータとウィスパーも一緒だ。


「あなた…」
「姉ちゃん、お待たせ!」
「私が少し言い過ぎたボーノ。さ、帰るボーノ」


ホノボーノがほのぼのした雰囲気でドンヨリーヌに話しかける。ドンヨリーヌは一瞬口をまごつかせたが、やはりもう仲直りすることにしたらしい。「アタクシも…ごめんなさいジュバ〜ン」と頬を染めながら、ホノボーノのもとへと寄った。


「よかったね、ドンヨリーヌ」
「ええ…ありがとうジュバ〜ン。七海と話せてよかったわ。またお話しましょうジュバ〜ン」
「ご迷惑をおかけしましたボーノ」
「いえいえ。それじゃ、これからも仲良くね」


頬を染めて小さく会釈したドンヨリーヌはすごく可愛かった。ホノボーノもいい旦那さんだ。喧嘩後のドンヨリーヌのことを笑顔で迎え入れている。やっぱり、お似合いの夫婦なんだな。

バイバイと手を振って、二人に別れを告げる。そういえば喧嘩の原因を聞き忘れたけど…まあ、いっか。


「姉ちゃん、ありがとー!助かったよ」
「いーえ。お役に立てたようで何より」


ドンヨリーヌたちが出ていったあと、景太がこちらに近寄ってきた。可愛らしくこちらを見上げてくるが、わざと私はしかめ面を作る。だってさ、バイトから帰ってきて、ご飯も食べずに働かされたんだよ?少しくらい怒ってもいいと思う!


「えと…姉ちゃん?怒ってる?」
「当然。私バイトで疲れてたんだけど?」
「ご、ごめんなさい!」


勢いよく、景太が頭を下げる。
「七海さん、申し訳ないでうぃす〜」とウィスパーも両手を合わせていた。どうしようかな、許してあげようかなあ。


「姉ちゃん、どうしたら許してくれる?」
「うーん」
「姉ちゃん〜」


さすがに苛めすぎたかな。
景太の顔が泣きそうになっている。…全く、仕方がない弟だ。


「じゃあチョコボー1本を贈呈すべし。それで許してやろう」
「ほんと?!」
「チョコボーでいいんでうぃすか?!」
「うむ。よかろう」


手を組んで頷けば、景太の顔がぱあっと明るくなった。「俺、今持ってくる!」隣の部屋だというのに、小走りでウィスパーと一緒に部屋を出ていく。その後ろ姿に私は笑ってしまった。

ほんと、手がかかる弟だし、彼の友達も手がかかるけど。こういうのも、たまにはいいかもしれない。妖怪も人間も、「思う」ことは一緒。その共通点を、私は嬉しく思うのだ。死んでるけど、「生きている」。それは「彼ら」と出会って、話すことによって、初めてわかったことだった。


隣の部屋から、「オレっちのチョコボー!!返すニャン!!」という声が聞こえる。それがまた面白くて、私は再び笑ってしまったのだった。



後から聞いたら、ドンヨリーヌたちは夕飯のメニューで喧嘩になったらしい。また笑っちゃったのは私だけの秘密である。