小さなヒーロー
※本編クリア後の内容含みます。
狭い路地に、ところ狭しと並べられた家。現代よりも数の多い電柱や、レトロな車が走る未舗装の道。それら『懐かしい』と思わせる雰囲気を眺めながら、私は一人、60年前のさくら、ニュータウンーー桜町を歩いていた。
今日は景太から、お使いを頼まれていた。お使い、といってもどちらかといえばパシリに等しい。元祖派閥の大将である土蜘蛛に、天地まんじゅうの情報をもっともらってきてほしい、と頼まれたのだ。
天地まんじゅうとは、天も地も揺るがす、伝説的なまんじゅうで、至高の『あん』が入っているのだという。土蜘蛛はどうやらそのまんじゅうを探しているらしく、景太がそれを請け負った。しかし、いざ探してみるとなかなか見つからない。そこでもっと探すためのヒントがないか私に聞いてきてほしい、と頼まれ今に至るのだった。
「自分で聞いてきなよ」と私は言ったのだが、「今日はえんえんトンネルに挑戦するつもりなんだ…それに土蜘蛛は姉ちゃんが行った方が喜ぶんだよね…許せないけど!」とのことである。「私も忙しいんだけど」と反論したものの、結局いつもの景太必殺お願い攻撃をされて陥落した。景太の必殺技は最近レベルアップしている気がする。『ひっさつの秘伝書』でも読んでるんじゃないかと疑うくらいに。ーーまあ、何だかんだ景太に甘い私が一番ダメなんだけれども。
歩きながら、この時代のおじいちゃんに一緒に来てもらえば良かったかなと一瞬頭を過った。しかしケマモト村までは距離もあるし、おじいちゃんも妖怪ウォッチを作るのに忙しいだろう。ふとわいた提案を一人で却下して、私は団々坂の先にある、木々が鬱蒼と繁った小道に入る。この奥には、土蜘蛛がいる平釜平原に続くトンネルがあるのだ。徐々に景色は暗くなり、長いトンネルをひたすら歩く。
しばらく歩いた頃に光が見えて、私は平釜平原に降り立った。
「相変わらず広いところだなあー…」
トンネルの出口で、私は背伸びをする。
すっと息を吸い込めば、その空気は澄んでいて美味しかった。さあ、目指すは元祖軍大将だ。
まるで戦にでも出る気分で、私は足を進めたのだった。
「おお、七海ではないか!久しいな!」
「久しぶり、土蜘蛛。元気だった?元祖と本家、仲良くしてる?」
平釜平原の奥、陣を張っているさらに奥に、大将の土蜘蛛はいた。部下らしいきれいなお姉さん妖怪(あとで聞いたらえんらえんらという名前だった)と話していたのだが、こちらに気づくと柔和な笑みを浮かべた。土蜘蛛はなかなか厳ついメイクをしているが、とても優しい妖怪だ。すぐに部下を下げて、こうして私を招き入れてくれたのだった。
「この通り、今は平和だ。これも全てケータのお陰だな。改めて礼を言う」
「それ何度も聞いたよ!でも、またケータに伝えとくね」
「かたじけない」
土蜘蛛は軽く頭を下げると、「して、今日は何用でここに?」と首をかしげた。
「あのね、ケータから頼まれてきたんだけど…天地まんじゅうの手がかり、他にはないかって。今必死で探してるんだ」
「ふむ。…探すのを頼んでおいて申し訳ないのだが、この前ケータに伝えた『天国か地獄のような場所』にあるということしか知らぬのだ」
「そっかー…それなら仕方ないなあ。必死に探すように言っておくよ」
悪いな、と土蜘蛛は言う。その顔が大変申し訳ない、と語っていたので、私は慌てて首を振った。責めるつもりもないし、大変だとも思ってないのだ。何故なら探すのは景太だからである。頑張れ景太。姉ちゃん応援してるから。
「ところで七海よ。今日はもうこのまま帰るのか?」
ふと途切れた会話だったが、土蜘蛛がそう聞いてきた。今日はこのあと特に予定もないし、このまま桜町を少しぶらついて帰るだけだ。この懐かしい雰囲気の街を、私はなかなか気に入っていた。過去にタイムスリップするなんて、妖怪の力がなければ出来ないし、普段それなりに忙しい毎日を過ごしているのでたまにはのんびりしたい。
その旨を伝えると、土蜘蛛の顔がぱっと明るくなった気がした。
「そうか!それならばこれから我輩とーー」
「あ!七海じゃねーか!」
そこへ、土蜘蛛の声に、誰かの声が食い込んできた。声の主を探して振り向くと、長い髪の毛(のような舌?)を揺らして、こちらに向かってくる妖怪が目に入る。その派手な洋装のおかげで、遠目からも誰かすぐにわかった。
「大ガマ!」
「七海久しぶりだなあ!元気だったか?ケータは一緒じゃないのか?」
「えと、今日は用事で私だけ来たの」
ぐいぐいと大ガマが迫ってくるので、私は一歩足を引く。いつも思っていたのだが、彼はなんだか距離が近い。思わず出た苦笑いに気付くことはなく、大ガマは機嫌よく「そうだったのか!」と言う。そして私の手を取った。
「こっちにきたなら教えくれても良かったのに。俺は、お前に会いたかったんだぜ?」
「あはは…ごめんね」
「なあ、これから暇か?実はこの前綺麗な花畑を見つけたんだ。七海に見せたい」
「え、えーと」
これはデートの申込みか何かか。
大ガマはさらに距離を詰めてきた。このままだと私はのけ反ることになりそうだ。さてどうしたものかと悩んでいると、勢いよく手刀が落とされた。しかも器用に大ガマの手だけを狙って。犯人は言わずもがな、土蜘蛛である。
「大ガマよ…気安く七海に触れるでない」
「何だ、土蜘蛛。嫉妬か?男の嫉妬は醜いぜ?」
大ガマはフン、と鼻を鳴らす。土蜘蛛の額にぴきりと青筋がたつのを私は確かに見た。こ、これはまずい…!
「黙れ。そもそも七海は私の客人だ。お前なんぞに割く時間は一秒たりともない」
「はっ。もう用事は終わったんだろ?それならこのあとの時間をどう過ごすのかは、七海の自由だ。お前には関係ないだろーが」
「関係あるに決まっている。我輩の客人なのだから最後までもてなすのが大将の役目だ。だからさっさとその手を離せ」
大ガマに握られている手と反対のほうを、ぐいっと土蜘蛛に引っ張られた。まさかの展開についていけない私は、ただオロオロするしかない。何でこんなことになってるんだろう…ってか手が痛いよ…
「やるのかこの蜘蛛ヤロー」
「望むところだこの野良蛙め」
互いにメンチ切ってる彼らに、いよいよ焦り始める。こんなことになるなら、おじいちゃんに一緒に来てもらえば良かった。もう誰でもいいから、誰か止めてー!止めないとまた妖怪大合戦が再来しちゃうよ!
ぎゅうぎゅう引っ張られる手が痛い。「ちょっと、痛いって…!」と声をあげようとしたときだ。
「いい加減にしないか」
勇ましい声が聞こえて、私の前に小さな背中が現れた。青い体に、赤いマントがはためく。「フユニャン!」私の声を聞くのと同時に、フユニャンは私の体を浮かせて、土蜘蛛と大ガマから離れさせた。そしてゆっくりと地面に下ろされる。
「あっ!」と土蜘蛛たちの悔しそうな顔が目に入った。
「大丈夫か、七海」
「う、うん。ありがとうフユニャン」
「いや。七海が困っているのなら、助けるのは当然だ」
にっとフユニャンは笑う。
…今ちょっとキュンときた。猫の姿なのにフユニャンがすごく格好よく見える。ちらっと見えるキバさえ格好いい。
私がもう一度お礼を言うと、フユニャンは頷いてこちらに向かってくる土蜘蛛たちに向き合った。
「せっかく平和になったというのに、再び争うつもりか?」
「土蜘蛛のヤローが突っかかってきたんだ」
「何だと?七海に迷惑をかけていたのは貴様だろうが」
再び土蜘蛛と大ガマは睨みあう。呆れたようにフユニャンが「七海が困っている」と言えば、ようやく彼らはこちらを向いた。
「…悪いことをしたな。七海。手は痛くないか?」
「レディーの手を強く引っ張っちまったな。悪かった」
「う、ううん。大丈夫だよ。土蜘蛛も大ガマも、仲良くしてね?」
また元祖と本家の合戦が起きたら、皆が困っちゃうよ。私がそう言えば、彼らはお互い睨みあったあと、しぶしぶ頷いた。とりあえず落ち着いてはくれたらしい。良かった。戦の原因が私だなんて洒落にもならないもの。
フユニャンもその様子を見て満足げに頷くと、今度は私のほうを振り返った。
「そろそろ帰るだろう?俺がうんがい三面鏡のところまで送ろう」
「うん。ありがとうフユニャン」
「礼には及ばないさ。俺も久しぶりに七海に会ったからな。もう少し話したいしちょうどいい」
「そ、そう?」
今日のフユニャンはいちいち格好いい気がする。猫なのに。浮遊霊の猫なのに!
フユニャンにときめいてしまう自分に悔しさを覚えながら、一緒に平釜平原を横切る。トンネルの入り口までは送る、といって土蜘蛛と大ガマも後ろについてきたが、また言い争いを始めていた。
本当に仲悪いんだね、元祖と本家…というか大将同士か?
とりあえず次回来るときは大ガマとは花畑に、土蜘蛛とは一緒にまんじゅうを食べる約束をして、その場を納めた。何か疲れた一日になっちゃったなあ。
トンネルの入り口で、土蜘蛛たちと別れて、私とフユニャンはうんがい三面鏡を目指して歩く。ふとフユニャンが「悪かったな」と呟いた。
「土蜘蛛も大ガマもそれぞれに会えばいいヤツなんだが…揃うとすぐ言い争いになるんだ。手、痛くないか?」
「うん、大丈夫だよ。確かに年中あの感じだと困っちゃうね」
先程の喧嘩を思い出して、思わず苦笑いする。次回来るときも覚悟が必要だな、と思っているとフユニャンが私の手を取った。
「またなんか困ったことがあったら、俺を呼べ。すぐ駆けつける」
「う、うん。ありがとう…」
…もう!この天然たらしめ!
大ガマに手をとられたときより、ときめいちゃったじゃん!!
恥ずかしさを紛らわすために、私はフユニャンの頭をがしがし撫でてやった。
「こら、七海!」と文句を言われたが、しーらない!ドキドキさせたフユニャンが悪いんだからね!