正しい賭け事のススメ
学校から帰宅しふと庭先を見ると、くさなぎ、まさね、むらまさ、そしてしょうブシが一堂に会していた。この4兄弟が輪をつくって座っているなど、初めてみる光景だ。なぜなら彼らは少々…いや、かなり仲が悪い。とくにまさむねとむらまさは。
もともと進化する前は同じしょうブシだったのに、手にした刀の影響を受けて、正義と悪、まさに真逆の武士道を進んでいくことになってしまったのが原因らしい。くさなぎは聖剣士と言われているが、存外我関せずだし、しょうブシに、至っては弟分ではあるらしいが、博打に心酔しているためまず「馬が合わない」。結果、争いが起こった場合止める人がいないので、我が弟の提案により、まず同じ場所に集まらないようになった。だがしかし、現在目の前にいるのは「あの」四人組だ。しかも前述のとおり、輪になって座っているのである。
仲直りでもしたんだろうか?
そもそも喧嘩してたのかさえ微妙なところだが、見たところ争っている様子はない。和解したとしか考えれなかった。
でも、なんか嫌な予感がするんだよね…。
それはまさに第六感といったとろか。こういうときの嫌な予感はよくあたる。私は玄関に鞄を置くと、彼らに気付かれないようにそっと足を忍ばせて近付いた。
「いいか、一本勝負だ。逃げるなら今のうちだぜ?」
彼らが座っている近くの植木の影に隠れて耳をそばだてると、そんな声が聞こえてきた。
ちらっと除いてみれば、見えたのはむらまさが鼻息荒くまさむねたちを牽制している姿だった。
あ、今の私、張り込みしてる刑事っぽい。山さん、あそこが「ホシ」の潜伏先だぜ。私のことは「姐さんデカ」って呼べ。なんちゃって。刑事ドラマの見すぎな上に年齢バレるわ。
「ふん、望むところよ。主こそ早めに見きりをつけ方がよいのではないか?負け戦に出てくるなど身の程知らずもいいところじゃ」
「何だと?やんのかまさむねコラァ!」
「これじゃから気の短いやつはすかぬのじゃ。とくにむらまさ」
「なんだとぉぉー?!」
どうやらむらまさの売った喧嘩をまさむねはお買い上げするらしい。仲直りした訳じゃなかったのか。両者は睨み合っていた。
何だ彼奴ら仲間割れか、と私の中の山さんがいう。ああ、あのドラマは名作です。
このまま誰も止める人もなく争いが始まるのだろうかと思っていると、意外にも止めたのはしょうブシだった。
「はいはい、旦那がた、その辺にして、そろそろ始めるッスよ。ほら、くさなぎの旦那からも何か言ってくださいよ」
「…拙者は彼奴らに興味などない。始めるなら早く始めればよかろう。まあ、ここで漁夫の利を得てもいいのだが?」
話を振られたくさなぎは、言葉どおり心底興味ないという態度で腕を組む。
そんな様子に「けっクールぶりやがって」と悪態をつきながら、むらまさはどかっと座り直した。
「ではお三方、準備はよろしいか?」
「おう。さっさと始めやがれ」
「構わぬ」
「右に同じく」
しょうブシが、懐からサイコロとコップのような入れ物、そしてお盆らしきものを取り出した。輪の中心に盆を置き、慣れた手つきでサイコロを振る。いわゆる丁半という博打だろう。
おうおう、こりゃ違法賭博の現場だぜ山さん!もうやめよう、このネタ。
カラコロカラコロ、軽快な音だけが響く。普段啖呵きってるむらまさも、真剣な表情でしょうブシの手元を見ていた。
やがて音が止み、カン!とお盆に、コップが押し付けられた。
「さあ、丁か、半か?」
しょうブシがにやり、と見回す。すかさずまさむねが「丁」と言った。
「はやっ!お前もう少し考えろよ…」
「こういうものに長考はいらぬ」
「あーそーかい。じゃあ俺ァ半だ。お前はどうする、くさなぎ」
むらまさの言葉にくさなぎは閉じていた目をゆっくり開いた。そして腕をほどくと、「ピンぞろの丁」とだけ言い、再び目を閉じる。これに反応したのはしょうブシだった。
「くさなぎの旦那!いいんスかー?これは簡易な丁半だから、そんな制約設けなくても、」
「構わぬ」
バッサリ。よほど自信があるのか、くさなぎはそれ以降口を開かなかった。しょうブシがやれやれといった具合に息を吐く。しかしすぐに顔をあげると、再びにやり、と笑った。
「泣いても笑っても一回ぽっきりの真剣勝負。さあ、七海を手にするのは誰か?!」
「勝負!!」しょうブシが動いた。
おい待てェェー!その賭け事の景品私じゃないかァァァ!!!
しかし私の(心の)叫びもむなしく、コップは開かれる。そしてそこにあった目は。
「ピンぞろの丁だとぉ?!」
「くさなぎの旦那の勝ちッスね」
「…なんと、この拙者が負けるとは…」
ガックシ、という言葉が似合うほど、むらまさとまさむねは地に手をついた。勝ったくさなぎといえば特に大きなリアクションがあるわけでもなく、ただ静かに目を開いただけだった。その顔はまさに至極当然といった具合である。
それにしても私が賭け事の景品になっていたなんて…。
だから嫌な予感がしたのか。
このままここにいるのはマズイ。
そっと音をたてないように立ち上がる。ゆっくりゆっくり玄関に行こうとすると、無情にも「パキッ」と小枝を踏む音がした。
うわわわ、まずい!!
「七海、そこにいるのだろう?」
ああ、無情だこの世の中は。
くさなぎの言葉に反応して、むらまさたちも
「何?!」「まことか?!」と振り返る。やばい、見つかった。どうしよう山さん!しかし私の中の山さんはもういない。いるのは目の前に迫るこの妖怪たちだけだ。
仕方なくあははと笑ってごまかすことにし、ひらひらと手を振った。
「お、お前…いつからいたんだよ?!」
「まさか見られておったとは…不覚であった」
「俺は気付いていましたけどねえ」
しょうブシは面白いものが見れそうだとニヤニヤ笑う。「あー!もー!」とむらまさは、頭をがしがし掻いていた。
それは私の方がいいたいよ…。
「えーと…とりあえずまず、私を賭け事の景品にするのはいかがかと…」
きっと煮ても美味しくないもの。
そう言ってみたが、彼らに「この鈍感!」と怒られた。何これ、ひどくない?
いや、もちろん「そういう意味」だとはわかっているけど。でも私は「私のために争わないで!」と言えるほど乙女でも夢見がちでもないのだ。だからあえてスルーしたかったのに。
「そもそも、誰だよ七海を賭けようっていったやつ!」
「お主じゃろ」
「むらまさの旦那ッスね」
実は彼らは仲がいいのではないかと思うほどのツッコミである。むらまさは、「ぐっ」と言葉をつまらせ、「…仕方ねぇだろ!お前ぇらが俺の邪魔しようとするからだ!」と喚いた。
「七海を無理矢理手籠めにしようとしている輩を、放っておけるわけがあるまい」
「それは確かに」
しょうブシがうんうん、と頷く。思わず私も頷きそうになった。無理矢理手籠めって…勘弁して!
「お前はどっちの味方だしょうブシ!」
「俺はただ賭け事が好きなだけですぜ、むらまさの旦那」
「どちらにせよ七海をむらまさなんぞにやるわけにはいかぬ」
「けっ。いい子ぶってんじゃねーぞまさむね!この前お前が七海の後をつけてたの、知ってんだぜ?どーせ話しかける勇気もなかったんじゃねぇのか?ん?」
今度はにやっと笑ったむらまさに、まさむねはカッと目を開いて顔を染めた。そういえば先日のバイト帰り、知ってる妖気を感じたんだけど、あれはまさむねだったのね。
ただこんな風に聞かされると、なんだか複雑な思いである。というか早くこの場を納めてほしい。しかし、「…やるのか貴様」「おーおー望むところよ!」と刀を手に睨みあう両者を止めようとするものはいないのだった。はずなのだが。
「七海」
今まで黙っていたくさなぎが、すっと立ち上がった。静かに流れるような動作で私のもとまで来ると、そのまま横抱きに抱えあげられた。
え?!ちょっと、待て、何が起こってるの?ってか重いでしょ!私絶対重いでしょ!ダイエットまだ成功してない…!
しかし私の心の叫び(本日2回目)は聞き届けられることはなかった。
「くさなぎ!テメェ!!」
「茶番には付き合ってられぬ。七海は拙者がいただいていくぞ」
賭けに勝ったのは拙者だからな。
普段あまり表情を変えないくさなぎが、にやりとシニカルな笑みを浮かべる。不可抗力にその笑みを近くで見た私は、思わず顔が熱くなってしまった。
まるで漫画のような展開に、胸を高鳴らないわけがない。そこまで涸れきってないぞ私は!
くさなぎは私を抱えたまま飛び上がると、トン、と軽い足音で塀に飛び乗った。見上げれば、笠の影になった顔は、とても楽しそうで。
「さて七海、今から少しお前の時間をもらうぞ。二人きりの逢瀬といこうではないか」
「う、うん…」
なぜか有無を言わせないほどの迫力があった。
「こ、こらぁ!くさなぎ!七海を返せーー!」
「むらまさの旦那、返すもなにも勝負に勝ったのはくさなぎの旦那ッスよ…」
「無念…」
「うるせぇ!関係ねぇ!おい、待てくさなぎぃぃ!!」
走り出すくさなぎの後ろからは、むらまさの怒号が聞こえてくる。
これはきっと後ですごく面倒なことになるなと思いながらも、今は力強いくさなぎの腕に身を任せようと思ったのだった。