むかしむかし、やまたのオロチという妖怪は

「あれ、この絵本…」


それは、どっこい書店に寄り道した時のことである。いつも読んでいるファッション雑誌を買おうとしたところ、偶然絵本の棚に目が止まった。タイトルは、「あばれ大蛇とエンマ様」。手にとった表紙には、8つの頭をした蛇と、エンマ大王が対峙している。

これって、オロチのことを書いてある本だよね…?


あばれ大蛇と言えば、私は一人の妖怪しか知らない。ぱらぱらと捲ると、お話は途中で終わっていた。うわあ。これは続きが気になる。ものすごく、きーにーなーるー!


「あの、これください」
「はい。ありがとうございます!」


気づけば私はその絵本を持って、レジへと向かっていた。帰ったら、もう一度ゆっくり読んでみよう。景太からオロチの過去は聞いたことがあるし、本人からも少し聞いている。でも詳しくは知らない。この物語の続きが知りたい。

好きな人のことを知りたいと思うのは当然だよね?

かさりと、本が入った紙袋が音をたてる。逸る気持ちを押さえて、私は早歩きで家へと向かった。


「…あ、雑誌買うの忘れた」


▼△



「何を読んでいるんだ?」
「あ、オロチ。いらっしゃい」
「ああ」


部屋のベッドの上で絵本を広げると、すぐにオロチが姿を現した。今日はバイトがないと言っておいたから、家の近くをウロウロしていたのかもしれない。ふよふよと浮いて、私の後ろに座る。それから私のお腹に手を回すと、顎を肩に乗せてきた。何だろう、甘えたい日なのかな。嫌じゃないし、むしろ嬉しいので、私も力を抜いて寄りかかってみる。すると、ぎゅっと腕に力が込められた。…何か結構恥ずかしいな、これ。

照れ隠しで、私は絵本へと視線を戻した。「絵本か?」顎を乗せたまま喋るからくすぐったい。オロチのマフラーも私に頬擦りしてきたので、少し身じろぎしてから絵本の表紙をオロチに見せた。


「あばれ大蛇とエンマ大王?」
「うん。これ、オロチのことだよね?」
「ああ…懐かしいな。まさか絵本になっているとはな」


横に目をやれば、オロチの横顔がドアップで入ってくる。懐かしげに目を細める姿は、惚れた弱味か、いつもよりもかっこよく見えた。オロチの手が、私のお腹に回されたまま絵本を捲る。ぱらり、ぱらりとページを捲る音だけが部屋のなかで響いていた。


「…これで終わりか?」
「うん。そうなの。中途半端だよね」
「ああ、このあとが肝心なのだが」


この話の「オチ」を知っている私は「確かに」と頷いた。「エンマ大王に負けちゃったんだよね?」「ああ。完敗だったよ」楽しそうに笑うオロチにとって、この話はエンマ大王との大切な思い出なのだろう。ぽつりぽつりと紡がれていてく、オロチの物語。それは景太に又聞きしたときよりも、鮮やかに語られて。懐かしい、という感情が直に伝わってくる。それを私はオロチに寄りかかりながら聞いていた。


「…悪かったな。俺の昔話など聞いても面白くないだろうに」
「ううん。そんなことないよ。この絵本の続き、知りたいなあと思ってたから」
「そうか」
「オロチもやんちゃだったんだねえ」
「…昔はな」


そこには触れて欲しくないようだ。ぷいと顔をそらしてしまう。「今で言う黒歴史ってやつだ」そんなオロチが可愛くて思わず笑えば、拗ねたようにぐりぐりと額を肩に押し付けてきた。その仕草は少し景太に似ている。ふわふわした頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めていた。

可愛いなあ。オロチの魅力はこの「かっこかわいい」ところだと思うな。


「ふふ。きっと絵本を読んだ子は、オロチの『今』を知ったら吃驚するね」
「…書かれたら困る」
「そうかなあ。面白いと思うけど」


オロチという妖怪に親しみが持てると思うよ。
そんなことを言えば、オロチはふと擦り付ける額をあげて、小さく息を漏らした。「オロチ?」何かまずいこといった?



「俺は、七海にだけ知ってもらえればいい。この物語の続きも、これからの未来も」


ああ、そうきましたか。
うっすら目元を染めて、そう言うものだから私は彼が愛しくて仕方なくなる。


「うん」と小さく頷いた言葉を、オロチが浚っていく。私はそれに身を委ねながら、後で絵本の最後のページに文を書き足そうと思ったのだった。



『今は人間の女の子と幸せに暮らしているとのことです』