色鮮やかにつがう

その日は偶然時間もできたし、気まぐれに土蜘蛛のもとに遊びに来たのだった。が、当の本人は畳の上で胡座をかいて下を向いていた。


「土蜘蛛、何やってるの?」


カチャカチャと音がする。
私の呼び掛けに「七海か」と慌てて顔をあげると、「貝合わせをな」と一言。


「貝合わせ?」
「ああ…昔からの遊びで、このように裏返した貝の模様を合わせてとる遊戯だ」


すっと手を差し出されたので、それを覗きこむ。そこにあったのは、色とりどりの貝だった。


「うわあ、きれい!」
「色を塗ってあるからな」


波打つ海をイメージしたような青色の貝や、桜の色をした貝もある。何やら雅なイラストも書かれていた。それらは全て対になっていて、多く対の貝を取ったほうが勝ちなのだとか。なるほど、神経衰弱みたいなやつね。


「面白そう!私もやっていい?」
「貝合わせを、か?」
「うん。他に何があるの?」
「いや…その、やるか」
「うん…?」


何とも歯切れの悪い土蜘蛛だが、もしかして一緒に遊びたくなかったのだろうか?下を向いて、貝合わせの準備を始める土蜘蛛の顔を盗み見ると、ほんのり頬が赤くなっていた。あれ、熱でもあるの?


「土蜘蛛、大丈夫?」
「な、何がだ?」
「何か顔が赤いけど。具合でも悪いの?」


指摘されて、土蜘蛛の顔がますます赤くなった。「だ、大丈夫だ!気にするでない」とか言ってるけど、明らかに挙動不審だ。本当に大丈夫なのかなあ。


「と、とにかく!始めるが、いいか?」
「…うん、お手柔らかに」


まあ本人が大丈夫だというのなら、大丈夫なのだろう。よし、勝つぞー!
先手は私。青い貝をめくる。中は人魚の絵だった。どこだろう?ここかな?


「あ、はずれー」
「では次は我輩の番だ」


すぐに土蜘蛛が別の貝をめくる。何と!人魚の絵だ。滑るように私が先程めくった貝をめくった。当然中は、人魚の絵。


「あー取られたー」
「これを作ったのは我輩だからな」
「え!それじゃあ私すごく不利じゃない?」


そういうの、先に言ってよ!
勝つ気満々で挑んだのに、この貝の癖を知り尽くしている土蜘蛛に、勝てるわけがない。
何だか少し興ざめ…と思っていると、「これは勝ち負けを決めるだけの遊戯ではないのだ」と土蜘蛛が言う。


「もちろん、平安時代から雅な遊びとして使われてきたが、もうひとつ用途があるのだ」
「そうなの?」
「ああ、それは、」
「あーー!!土蜘蛛!お前何やってるんだよ?!」


そこに突然闖入者の声がした。 「お、大ガマ?」ドシドシと足を荒立ててこちらにやってくる。「七海!お前、こんな頭の固いやつでいいのか?!」…って、なんのこと?


「貴様、何をしに来た?」
「あー?別に何だっていいだろうがよ!それより、これ、どういうことだ?!ケータは知ってんのか?!」
「…何のことだ」
「惚けてんじゃねー!お前、貝合わせっていったら、」


婚礼の儀じゃねぇか!
婚礼の儀じゃねぇか
婚礼の儀じゃねぇか…

無駄に大ガマの声がこだました。
え、婚礼の儀?!貝合わせが?!


「ふん。我輩はただ七海が遊びたいといったから遊んだまで。もともと貝合わせとはそういうものだ」


「知らぬのか?」と土蜘蛛が挑戦的な鼻を鳴らす。それに地団駄踏む勢いで怒るのは大ガマだ。


「嘘をつけー!お前、ぜっっってぇ満更でもなかっただろ!」
「…うるさいぞ大ガマ。近所迷惑だ」
「図星じゃねぇかああ!」
「土蜘蛛様?!何事ですか〜?!」


すると、大ガマの大声を聞いたのか、今度はえんらえんらが他の妖怪を引き連れてやって来た。「突然大ガマが乱心してな」と、しれっと土蜘蛛は言う。ええーうそー。


「大ガマ様!いくら本家の大将と言えども、土蜘蛛様の本宅で暴れるのであれば見逃しはしませんよ〜!」
「ちっげーよ!もとはといえばこいつがっ!」
「土蜘蛛様は今七海との謁見中ですから〜お帰りくださいね〜!」
「あ、こら、土蜘蛛!てめー!」
「二度と来るな蛙め」


「七海ーー!」と名前を叫びながら大ガマがずるずると引きずられていく。さらには「嫁に来るなら俺のところにしろーー!」とまで言っている。

私は、ただ唖然として、その一連を見守るしかなかった。


「ふん。これだから蛙は嫌いなのだ」


何だ、このいたたまれない感は。

大ガマという賑やかな(騒がしい?)存在がいなくなったせいか、今この部屋の中がやたら静かだ。土蜘蛛も話し出すきっかけを探しているのか、何だかきまずい。けれど、その沈黙はすぐ破られることになった。


「すまないな、七海」


大ガマに悪態をついていた時とは違い、柔らかい声で土蜘蛛がそういう。「あ、ううん…ビックリしただけだから…」と返したが、本音はさっきの「婚礼の儀」という言葉が離れない。まさか貝合わせに、そんな意味があったなんて知らなかった。もっと歴史の勉強しておけば良かった。いや、古典かな?どちらにせよ自分が悪い。


「あのー…土蜘蛛?」
「…なんだ?」
「その…ごめんね、貝合わせの意味…知らなくて」
「いや。我輩も先に言えば良かったな。すまない」


土蜘蛛が手をついて頭を下げる。そんな、土蜘蛛はなにも悪くないのに!


「ち、ちがうって!土蜘蛛、さっき教えてくれようとしてたでしょ?」
「まあ…そう、だが」
「タイミングが悪かった、ってことにしておこうよ?ね?」


大ガマという闖入者によって説明のタイミングがずれた。それでいいじゃないか。


「…すまない」
「もう、謝るのなし!私も悪いしさ!」
「ああ…だが、七海」
「ん?なあに?」
「我輩は…満更でもなかった。それだけは大ガマのいうとおりだ」
「えっ?!」


今度は、驚きにまじまじと土蜘蛛を見てしまう。彼は居心地悪そうに顔をそらすと、「七海が嫁に来ることを想像した」と頬を赤らめて言った。え、それって、それって?!


「…コホン!と、とにかく!そういうことだ!」


最後はまるで吐き台詞。慌てる土蜘蛛がいつもの彼らしくなくて、思わず私は笑ってしまった。だって、そんな、告白聞いたことないよ!


「わ、笑うな!」
「あっはっは!ごめん、ごめんね土蜘蛛」


笑いすぎて涙が出てきた。むっつりしている土蜘蛛を尻目に、私は、涙を拭う。その涙に、嬉し涙も混ざっていると知ったら、土蜘蛛はどう思うかな?


「ね、貝合わせの続きしようか?」
「…なに?」
「それで、終わったら、一緒に外に出掛けよう」


にっこり笑えば、土蜘蛛は組んでいた腕をほどいて座りなおす。「うむ。受けてたとう」。


圧倒的に不利な貝合わせが再び始まる。私は、その色鮮やかな貝たちの番をみながら、土蜘蛛へこの気持ちをどう伝えようかと考えていた。