白いケーキの行方

12月24日。街の中は、クリスマスカラーで溢れかえっていた。キラキラ光る通りには、男女のカップルがたくさん歩いている。そしてその通り沿いにある私のバイト先、アッカンベーカリーも、もれなく「THE クリスマス」で。


「いらっしゃいませー…!(寒い…!)」


クリスマスの特別店頭販売のため、外にブースを出していた。

アッカンベーカリーはその名のとおりパン屋だが、クリスマスはケーキも販売する。このご時世パンだけを売って生き残れるほど、食品業界は優しくないのだ。なんとも世知辛い世の中である。当然クリスマス商戦ともなればアルバイトは全員出勤、この寒空の中店番をすることになる。
そして今まさに私は、その店頭販売を任されているのだった。先ほどは家族連れと、カップル二組に売れたから、売れ行きは悪くないと思う。
ああ、でもやっぱり街中の人たちが羨ましい。私だってクリスマス遊びたいよ…!リア充爆発しろ。

マッチ売りの少女にでもなった気分で、店長からもらったホッカイロを手の中で転がして暖を取る。はあーと息を吹きかけたとき、ふと下を向く私に影がかかった。


「あ、いらっしゃいま…って、キュウビ?!」
「やあ、七海」


そこにいたのは人間に化けたキュウビだった。長い髪の毛を後ろでくくり、赤い眼鏡をかけていた。真っ白いコートが、ことのほか似合う。

あれ、このパターン前にもあったような…?


「君はお祭りごとのときはいつも働いてるねェ。そんなに働くのが好きなのかい?」
「え、いやそんなことはないけど…」
「夏も冬も、七海が忙しそうで残念だ」


そういえば、彼は夏祭りにも露店として出店していた私のもとへやってきたのだった。存外この狐さんは、お祭りが好きなのかもしれない。その証拠に「へェ、今回はクリスマスケーキか」なんて言いながら物色している。その目が普段よりも少年のように輝いていて、こんなキュウビの姿を見るのは珍しいと思った。ぼんやりその姿を見ていたからか、ふとキュウビの上げた目線にどきりとする。「で?君はどれが好きなの?」って、随分唐突な質問である。


「えっと、おすすめはこのブッシュ・ド・ノエル…」
「そうじゃなくて、七海が好きなものだよ」
「え?!私の?」
「そう。ほら早くしてよ」


ボクだって寒いんだからと言われて、慌ててケーキたちを見下ろす。私が好きなケーキなんて聞いてどうするんだろう。でもここで何も言わなければきっとキュウビは怒るに違いない。…そうだなあ、やっぱり好きなケーキは。


「苺のデコレーションケーキ、かな」
「これかい?」
「うん。やっぱり、ホイップクリームと苺の組み合わせって最高だと思う」


ブッシュ・ド・ノエルもかわいいし、チョコのデコレーションケーキも美味しいけど。やっぱり、「白い」ケーキがいい。王道なクリスマスケーキ。


「ふうん。普通だね」


あ、今私景太の気持ちがわかった。普通って強調されるとちょっとイラッとする。聞いてきたのはキュウビなのに、「普通だね」ってなにさ!せめて王道っていってよ!


「それじゃあそれ一つ」
「はいはい普通で結構…って、え?!買うの?!」
「当たり前だろう?何のためにボクがここにいると思っているんだい?」
「え…何だろう…偵察?」
「半分正解、半分ハズレー」


自分でいっておいて「偵察」って謎だが、どうやら半分正解らしい。「何それどういう意味なの?」と訪ねても、キュウビはにやりと笑って「秘密」と宣うだけだった。加えてケーキをさらに催促するので、仕方なく本業に徹することにする。お金のやり取りをし、商品を渡したところで、キュウビは「じゃあおおもり山にいるから」と言った。


「え?おおもり山?」
「そう。おおもり山。寒いからしっかり暖かい格好をしてきなよ」
「…え?おおもり山?」
「だからそうだって」


「何度も言わせないでよ」とキュウビは言うが、何度も聞くよ。おおもり山?!…何で?!


「そりゃ、ケーキを食べるためだねェ」
「ケーキ?何の?!」
「…七海、君ってそんなに馬鹿だった?今ボクが買ったじゃないか。君の好きなケーキ」


開いた口がふさがらない、とはこの事だ。


「バイトが終わったら必ずおいで。いいね?」


え、強制なの?!
思わず口をまごつかせていると、「返事は?」と凄まれた。「は、はい!」「うん、いい返事」ぽんぽんと頭を軽く撫でて、キュウビが去っていく。その後放心状態となり、気付いたのは次のお客さんが来てからだった。

バイトが終わったら、キュウビとケーキを食べるってことだよね?
つまりクリスマスを一緒に過ごすってこと?それってどういう意味かわかってる?


次々頭のなかで疑問が沸いては消えていく。接客する傍ら、私はバイト後のことに頭が一杯で、結局ケーキを一つ、落としてしまうという失態をおかしたのだった。もちろん買い取りである。ああ…さよなら私のバイト代。



▼△


七海が誰か他の人とこの日を過ごしていないか、確認してきてよかった。目の前で幸せそうにケーキを頬張る姿をみてそう思う。

人間にとってクリスマスは、特別な日だということくらい、ボクだって知っていた。そうじゃなければ、わざわざ人も妖怪も多く行き交う夜に、パン屋まででかけたりするわけないだろう?


「頬、クリームついてる」
「どこどこ?!」
「ここ」


ぷに、と頬を押せば、あわあわと手を動かしてクリームを拭おうとする。実は嘘なんだけど、七海は気付くかな?
ぺろりとなめてやれば、頬を赤くして、「どうしたらいいかわからない!」という顔をされた。可愛いなあ。ボクはそんな七海が欲しいと、心底思うのだ。