危うく惚れるところだった

※ウィスパーの擬人化表現が少しあります




「あれ、七海さんお出掛けですか?」


出掛ける準備をしていると、後ろから声がかかった。振り向けば、ウィスパーが首をかしげながら浮いている。今日はバイトはお休みだと言っていたから不思議に思ったのだろう。「ちょっと、桜中央シティまで出掛けようと思って」と言えば、「そうでしたか」と心得たように頷いた。


「ウィスパーは一人?珍しいね」
「はい。今ケータくんもジバニャンもお昼寝中なのでうぃす」


「ジバニャンはいつも寝てますけどね」と呆れ顔で言う彼に、思わず笑ってしまう。そりゃそうだ。ジバニャンは猫だからね。


「気をつけて行ってきてくださいね。くれぐれも変な妖怪についていかないように!」
「あはは、わかってるよ」
「七海さんは妖怪に好かれやすいですからね、そこんとこ自覚持ってくださいよ〜」


心配性だなあ。そんなに心配ならいっそのこと、一緒に来たらいいのに、と思う。


「…あ。そっか」
「うぃす?どうしました?」
「ねえ、ウィスパー。ケータたち、寝てるんだよね?」
「はい。それはもう、ぐっすり!」
「それじゃあさ、」


「ウィスパーも一緒にお出掛けしよう!」そういったときのウィスパーの目は真ん丸だった。




「だ、大丈夫ですかね?!私、帰ったら怒られませんかね?!」
「んーバレたら怒るだろうね。確実に」


「やっぱりー?!」ウィスパーが頭を抱えながら悶える。それでもしっかり私の横について来ているということは、この外出に満更でもないと思っているのか、それともあくまで執事だからこその律儀さなのか。どちらにせよ、ウィスパーの意思でついてきていることには変わりはないだろう。


「バレたらその時はその時だよ、今は楽しもうよ!」
「そうでうぃすね…ケータくん、ジバニャンごめんなさい!私、七海さんと遊んできます!」


「うおおお」と空に向かって咆哮する。そんな大袈裟な。しかしすぐに持ち直すと、すっと頭を下げた。


「では七海さん、今日は私がエスコートいたしましょう」


おお、何だかとっても紳士!私は、にっこり笑うと、「よろしくね」とウィスパーの手を握って2度ほど振った。


「七海さん、危ないですからこちらを歩いてください」


しばらく歩いていると、突然ウィスパーからそんな声がかかった。
促されたのに従い道の端によると、逆にウィスパーが車道側を陣取る。車からの危険がないように、という配慮のようだ。「ありがとうウィスパー」「いえいえ、これくらい、執事としては当然です!」と胸を張って張り切っているけど。あれ、ウィスパーって結構女性慣れしてる?

「こちらに段差がありますからお手をどうぞ」って、紳士か。紳士な執事なのか。


「七海さん?どうしました?」
「いやあ…何かウィスパー慣れてるなあと」
「うぃす?!そ、そうですかねえ…?」
「うん、それにケータにはこういうことしてないでしょ?」
「え、ええまあ…ケータくんは男の子ですからね!」


それはつまり私は、女の子扱いされているということか。何だかとても嬉しい。でもひとつ、残念なことがあるとすれば。


「…ウィスパーって、人間に化けることできないの?」
「うぃす?!今度は何ですか、急に…」
「こんなにスマートにエスコートしてくれるんだもん。せっかくなら『姿の見える』形で歩きたいなあって」


結局ウィスパーは妖怪だから、他人には見えない。一緒に街を歩いていても、ただ私が一人もくもくと(時々一人言を呟きながら)歩いているようにしか見えないのだ。身ぶり手振りをしてしまえば、完全に変な人である。


「他人の目を気にしなくてすむなら、その方が楽しいよ?」


どうせなら「見える」姿で並びたい。
ウィスパーは「うむむむ」と腕を組むと、意を決したように頷いた。そしてきょろきょろと辺りを見回してから、「ではへーんしーん!」。

どろん、と紫色の煙から出てきたのは。


「どうですか?七海さん」
「…」


私は、開いた口が塞がらなかった。

まさかのイケメンー?!
銀色のウェーブがかかった髪を紫色のリボンで横に軽く結び、黒いスーツに白い手袋をはめている。瞳の色は深い紫色だ。その姿はまさに執事で。


「七海さん?七海さーん!?」
「やっぱりやめよう。元に戻って」
「うぃす?!何故です?!」
「や、何でも…いいから元にもどーる!」
「は、はいー!」


私の勢いに押されたのか、ウィスパーが慌てて元に戻る。いつものまあるいフォルムを見て、ようやく私は、ほっと息をついた。



「…七海さん…」
「ごめんね、ウィスパー。ビックリしただけ。やっぱり私は、いつものウィスパーの丸い愛されボディが好きだよ」
「そ、そうですか?」
「うん。それじゃあ行こうか」


気を取り直して、私たちは歩き出す。

チラッと見たウィスパーはいつもどおりのウィスパーで、もう一度私は、手を口に当てると緩やかに息を吐き出したのだった。




その後一通り遊んで帰ってきた私たちを待っていたのは、鬼の形相をしている景太だったと補足しておく。