目隠しの結婚式
イルさん、Happy Birthday!!
※ヤンデレ注意
「なに?七海よ、明日が誕生日なのか?」
「うん?そうだよ、言ってなかったっけ?」
その日久しぶりに土蜘蛛を訪ねた私は、彼の家で元祖饅頭をお茶請けに、のんびり過ごしていた。そんな中でふと沸いた話題に、えらく土蜘蛛が食いついてくる。…うん、確かに明日は私の誕生日。前に話したような気がしたけれど、きちんと土蜘蛛に伝わっていなかったようだ。「聞いておらん」とむっつり口をへの字に曲げて腕を組む。さすが元祖軍大将。結構迫力あるよ。
「何故言わぬのだ。吾輩に知られたくなかったのか?」
「ええ?違うよ〜何かのついでに教えたような気がしてたんだけど…伝わってなかったんだね。ごめんね」
持っていたお茶をテーブルに置き、頭を下げた。別にそこまでする必要はなかったかもしれないが、何となくそうしたほうが良さそうな気がして。
ちらっと目線をあげてみたら、土蜘蛛はまだ不機嫌そうだった。腕を組んで宙を睨んでいる。最近の土蜘蛛は結構こういうことが多いんだよね。私のことで知らないことや、なにかがあると急に不機嫌になったりするのだ。
「土蜘蛛ごめんって」再度そういえば、ようやく彼はこちらを向いた。
「七海、吾輩はお前の誕生日を祝いたいのだ。危うく知らぬまま過ごしてしまうところだった」
真剣な表情で訴える土蜘蛛に、私の心も動かされないわけがない。誕生日を祝いたい。それを嫌がる人が、どこにいるのだろう。
「うん…ごめんね。ありがとう」
「…いや、我輩もつい興奮してしまった。すまなかったな、七海」
近寄ってきた土蜘蛛に、頭を撫でられる。その手つきが優しくて、うっとり目を細めれば、彼も優しく笑ってくれた。どうやら機嫌もなおったようだ。
「して、明日はどのように祝うか」
「え?本当ににお祝いしてくれるの?」
「何だ、嫌なのか?」
「まさか!嬉しいよ!」
一瞬また目が鋭くなったような気がしたけれど、すぐに優しい目付きになった。
「土蜘蛛にお祝いしてもらえるなら、どんなことだって嬉しいよ」
「ほう…どんなこと、でもか?」
「え、うん。そりゃ、どんなことでも…」
土蜘蛛は笑う。「そうか」と頭を撫でながら。穏やかなその空気の中で、妖しさを含んだ笑みを浮かべる彼に、私は気が付かなかった。
「土蜘蛛…まだ?」
「ああ…もう少し待て。吾輩が良いというまで、その布は取ってはならぬ」
「う、うん…」
目隠しをされた七海が不安そうな声をあげる傍らで、土蜘蛛は口元の笑みが浮かぶのを押さえることができなかった。今日、ようやく土蜘蛛の悲願が達成する。この、無垢な娘を己の物にすることができるのだ。幾度と夢に見た今日に、笑みが浮かんでしまうのも当然だろう。肩を竦めて待つ七海が、何だかいつもより小さく見える。そっと左手を取れば、ぴくりと体が反応した。視覚を奪われているせいで、敏感になっているのだろう。それでも土蜘蛛を完全に信じきって身を任せてくる。それが、土蜘蛛にはたまらなく愛おしいのだった。
「えと、何か、緊張するなあ…目隠しなんてされたことないし」
「そうか。まあ、もう少し待て」
そう、あと少しで、土蜘蛛にとっての「今日」という日が完成するのだ。
土蜘蛛は取った左手に指を這わせると、己の指先からしゅるしゅると糸を出した。銀色に輝くそれが、七海の左手薬指に巻かれていく。
「え、何?何?」
「大丈夫だ。何もない」
安心させるように、土蜘蛛は柔らかい声をかける。反対の手で彼女の頭を撫で、力を抜かせてやった。もう少し、あと少し。しゅるしゅる。微かな糸の音がその場に響く。そして長い糸を巻き終えて、ようやく土蜘蛛は、いつのまにか詰めていた息を吐いた。
ああ、これで我が物になる。
この薬指の印が、何よりの証拠。これさえ巻けてしまえば、後はどうにでもなる。骨の髄まで浸透して、決して逃がさない。例えその体が朽ちたとしても。
「…終わった?」
「いや、まだだ」
目もとの布にかざした七海の手を、そっと制した。「あれ、まだかかるの?」と不思議そうな声がして、土蜘蛛はまたにやりと口許を歪める。本番はこれからだ。彼女に悟られないようしなくてはならない。
土蜘蛛は懐に手を入れると、あらかじめ用意していたシロツメ草の指輪を取り出した。これは女郎蜘蛛にならって作ったものだ。もちろん枯れないよう細工もしてある。蜘蛛の糸を巻いた薬指に、それをそっとはめる。それは七海の指でしっかり主張して、咲き誇った。
「よし。目隠しをとってやろう」
「ほんと?」
七海の後ろに周り、土蜘蛛は目隠しに手をかけた。ああ、笑いが止まらぬ。この娘を、我が物に。
「わ、かわいい!」
「七海のために作ったのだ。妖術で枯れぬよう細工してある」
「そうなんだ、ありがとう土蜘蛛!あの、でも、左手の薬指って…」
「ん、どうかしたか」
「えと、土蜘蛛はこの意味、知ってるの?」
土蜘蛛は首を傾げて「意味?何かあるのか」と問う。「あ、いや、知らなければいいんだ!」恥ずかしそうに頬を染めた七海の、愛らしいこと。土蜘蛛は、本当は知っている。左手の薬指は特別な場所だということを。だからこそ、土蜘蛛は己の糸を巻いたのだ。婚姻の印をその体に刻み込むために。シロツメ草の指輪は、そのカモフラージュだった。そしてそれは、土蜘蛛だけが知っていること。今はまだ、これでいい。無垢のままの七海を、ゆっくり自分の色に染めていく。それほど楽しい遊戯が、この世にあるだろうか?
「さて、七海。もちろんこれだけではないぞ。宴の準備もしてある」
「え!ほんと?!嬉しい!」
「ああ。案内しよう」
七海の手をとる。何も知らない彼女は、そのまま土蜘蛛の妻となる。まずは指先。腕、首、口、鼻、目、そして心臓。蜘蛛の糸は、彼女の預かり知らぬところで巻き付き、土蜘蛛から離さない。ああ、何てよき日なのだろう。
「土蜘蛛?どうしたの、何か楽しそうだね?」
「…七海の誕生日を一緒に祝えるのだからな、楽しくないわけがなかろう」
「へへへ、そっか。ありがとう!」
ゆっくり、七海の体を、土蜘蛛の糸が侵食していく。
さあ、これからゆっくり時間をかけて絡めとってやろうぞ。
その体、その魂、全てがこの土蜘蛛のものとなるまで。