グッドモーニングコール
「七海〜お願いがあるの〜」
「わ!え、えんらえんら?!突然何…?!」
部屋で寛いでいたら、突然うんがい三面鏡が現れて、中からえんらえんらが顔を出した。今日もセクシーだなあと一瞬過った考えを振り払って、心なしか焦っているえんらえんらに向き合う。「あのね、至急親方様のところに来てほしの」「親方様?」えんらえんらが言う親方様とは、本家軍大将の大ガマのことである。至急来てほしい、だなんて…大ガマの身に何か起きたのだろうか。
「あの、何かあったの?」
「ええ…あのね…」
「う、うん…」
ごくり、と唾を飲む。そして真剣な表情でえんらえんらはこう言った。
「親方様を起こしてほしいの〜!もう何度声かけても起きなくて〜!」
「大ガマ…?入るよ?」
豪奢な襖に手をかけてそっと開くと、そこはまだ薄暗かった。微かに規則正しい寝息も聞こえてくる。なるほど、彼はまだ熟睡中らしい。
「親方様を起こしてほしいの〜!」そう、真剣な表情で宣ったえんらえんらに盛大に転けたあと、私は渋々ながらこの60年前の妖魔界に来ていた。なぜ私がこんな役目を…と聞けば、曰く「七海なら起きると思うの〜」とのこと。えんらえんら、それ答えになってないからね…。けれどもえんらえんらは困っているらしいし、そのまま放っておくほど私は鬼ではない。なのでこうして時を越えてはるばる、大ガマのもとへとやって来たのだった。
襖の間から体を滑り込ませて一歩部屋に入る。ぎしり、と畳が音をたてたが、大ガマは起きる様子がなかった。
部屋の真ん中にある、布団の山。私は近づいて揺さぶった。「大ガマー起きてー!」
「ん、んんー」
「大ガマー!」
今度はぱしぱしと布団を叩いてみる。が、起きない。しぶとい。しかも顔まで布団を被ってしまった。これはますます起きる気ないな。
それなら致し方ない。布団を剥いでやる!
「お、お、が、ま!起きてーー!」
「う…さみぃ」
剥いだ先に出てきたのは、自分の髪の毛(のような舌?)を抱き枕にして眠っている大ガマだった。眉を寄せて「うー」とか言いながら、抱き枕にぐりぐり顔を押し付けている。ちょっと可愛いじゃん、と思ってしまったのは、普段の大ガマとは違い、隙だらけで、何だか新鮮だったからだ。
けれどこれにほだされてはならない。寝起きの悪い子を起こすには、心を鬼にしてかからなければならないのだ。景太もそうだけど、何でこう皆朝起きるのに弱いかなあ。ちゃんと早く寝てればすっきり目覚められるはずなのに。
「大ガマ!もう朝だよ!」
「んあ…七海〜?」
「うん、そうだよ!早くおきーる!」
「無理。俺起きれない…寝る」
一瞬目が開いてこちらをみたが、大ガマはすぐ目を閉じると、手探りで剥いだ布団を引き寄せて被ってしまった。これではまた一からやり直しだ!困る!
「コラー!寝るな〜!起きろー!」
「やだ。無理、眠ぃ」
「やだじゃないよ!えんらえんらが困ってるよ!」
「俺は困らねぇ」
「私も今すごく困ってるから!」
再び布団を剥がしにかかるが、本当に寝起きなのというくらいの力で、大ガマが布団を掴んでいる。それくらいできるならいい加減起きなよ!「大ガマ!起きてー!」渾身の力を込めて叫べば、大ガマは少しだけ顔を出した。
「無理。起きれねぇ」
「でも起きないと!朝だよ!」
「じゃあちゅーしてくれたら起きてやる」
いやいや、意味わからないから!あなたは眠り姫か何かですか?
「なあ、七海〜ちゅー」
「…もう一生寝てなよ。私帰るわ〜」
「ええ?!ま、待てよ七海ー!」
さっと踵を返せば、ようやく大ガマが布団をはねのけて起き上がった。「起きたぜ!これでいいだろ?!」と腕を広げている。ああ、疲れた。全く起きるまで何分かかったんだ?とりあえずミッションコンプリート。さあ帰ろう。
「七海!ちゅー」
「…大ガマ起きたし、帰るね〜。またね〜」
「は?!本当に帰んのか?!おい、待てって!七海ー!」
「ちゅーしてくれんじゃねぇのかよ?!」って後ろで大ガマが叫んでいるが、そもそも私はちゅーしてあげるなんて約束してない。むしろ勝手に大ガマが宣っただけである。
ヒラヒラ手を振って、廊下で出会ったえんらえんらに大ガマが起きたことを報告する。「ありがとう〜助かったわあ〜」と私の手をとって喜んでくれた。しかもお礼に今度お茶に誘ってくれるらしい。嬉しいなあ。えんらえんらのお茶、美味しいんだよね。
「七海ー!待てって!おいー!」
後ろからドタドタ走る足音が聞こえてきた。
あんなに騒いでいるなら、今日一日大ガマも元気に過ごしてくれるだろう。良かった良かった。
「じゃあ、また遊びにくるね!」
「まっ…!七海ー!」
大ガマ起こしたら疲れたし、帰ったら私も寝直そうかな。そう思いながら、私はうんがい三面鏡の中に入り込んだのだった。