今日はまだ当日じゃない
部屋のベッドの上で雑誌を読んでいると、ふわりと頭に微かな重みがかかった。「七海、何を読んでいるんだ?」フユニャンである。
私は少し頭をあげて上から覗きこんでくるフユニャンに目をやると、彼が雑誌を見やすいように持ち上げた。「ばれんた、いん、特集?」この様子だと、どうやらバレンタインのことを知らないようだ。 60年前に、こういうイベントはなかったのかもしれない。
「バレンタインっていうのはね、毎年2月14日に、好きな人・お世話になった人・大切な人へ日頃の感謝や好きだという気持ちを込めてチョコレートを渡すの」
「ほう。好きな人に」
「乙女にとっては勝負をかける日でもあってね〜自分で作ったチョコレートを渡しながら告白したりもするんだよ。本命チョコっていうんだ」
「本命…なるほどな」
「でも最近は友チョコっていって、友達同士でもチョコを渡したり交換したりすることも多いかなあ」
ここ数年で、バレンタインの在り方は少しずつ変わってきたと思う。自分へのご褒美としてあげる自分チョコまであるし。チョコレート会社の戦略に見事に乗せられているよね。
フユニャンは私の話を聞いて、黙りこんでしまった。納得したのかなと思い、私は再び雑誌へと目線を落とす。あ、このチョコ美味しそう。
「…七海は?」
「うん?」
「七海はどうするんだ?」
フユニャンがぱしぱし、と前足で私の前頭葉の部分を叩いてきた。何だ、まだ気になることがあるの?それにしても叩く必要はないだろうと思いながらも、触れる肉球の感触が気持ちよくて、そのままにしておく。ぱしぱしぱし、何をそんなに焦っているのか。フユニャンが頭に乗っているので、首をかしげることはできなかった。
「七海?」
「…うーん。今年はどうしようかなあ…まあ友チョコは作るよ。あと景太たちにもね。簡単なものだけど」
「本命は?」
「うん?」
「本命は作らないのか?」
やけに詮索してくるなあ。もしかしてチョコ欲しいのかな?フユニャンはそういうの、あまり興味なさそうだと思っていたけど、意外にそうでもないのかもしれない。
答えない私に、フユニャンが頭の上でソワソワし始めたのを感じた。ぱしぱしぱし、と再び頭を叩かれる。可愛いなあ。今の私、絶対にやけてるよ。
私は雑誌をベッドにおいて、頭の上に乗るフユニャンをそっと下ろした。脇の下に手を入れられて、「七海?!」とフユニャンは焦っている。未だに彼は、私に抱っこされるのに慣れないらしい。可愛いなあ。抱き抱えたままフユニャンの頭を撫でた。
「おいっ七海!」
「心配しなくても、フユニャンにもちゃーんと用意するよ」
「…友達用か?それとも本命を、か?」
「さあ?どっちだろうね?」
拗ねたように、フユニャンは口を尖らせる。「俺は、本命がほしい」微かに頬が染まっていた。その言葉に、私まで頬が熱くなってしまう。ああ、もう、そういうところ、真っ直ぐすぎて、どうしたらいいかわからなくなるよ。
「なあ、七海」
「…それは当日のお楽しみだよ、フユニャン」
その言葉の意味を、フユニャンは気付いただろうか。握っていた主導権を渡すわけにはいかず、抱き抱えた彼を、私と同じ顔の高さまで持ち上げた。そのまま顔を寄せて、鼻先にキスをする。
「七海?!」
「あっまーいやつ、用意するね」
答えはチョコに入れておこう。
だって今日はまだ、当日じゃない。バレンタインはこれからなのだ。
「期待、してる」
「ふふふ。うん、期待しててね」
さて、今年のバレンタインは、忙しくなりそうだ。
フユニャンには、どんなチョコを用意しようか。そんなことを考えながら、私はぎゅっとフユニャンを抱き締めたのだった。