賑やかで騒がしい

※アニメ「妖怪通信簿」後のお話



学校帰り、久しぶりに買い物でもしようとさくら中央シティのショッピングモールにいくと、そこで見慣れた姿を見つけた。いや、見慣れたという表現では、少し違和感がある。なぜならそれは、確かに「私の知っている姿形をしているけれど、いつも見ているものとは違う」からだ。

何でここに。というより、何だこれは。

遠目からでもわかったそのフォルムに、ゆっくり近付いてみる。店頭価格は280円。つるっとした白くてまあるいそれ。

「ウィスパーフィギュア?」

少し膝をおって、顔を近づける。ウィスパーだ。どっからどうみてもウィスパーである。でもフィギュア。しかも最後の一つなのか、これしかない。

ウィスパーってこういう風にグッズ化されるような妖怪だったっけ。いや、そもそも彼は他の人には見えないはすだ。だからまずフィギュアにされるわけがない。でも、目の前にあるのは間違うことなき、ウィスパーのフィギュアだった。

手にとって、フィギュアを裏返してみる。台座になっている部分には乱暴に値段シールが貼られていて、やはりそれも280円だった。

私はウィスパーを手に持ったまま、うーんと唸った。

この値段なら買えることは買える。でもウィスパーのフィギュアがすごく欲しいかといえばそうでもないような…いや、ウィスパーに失礼か。やっぱり欲しい。何だか気になるし…買ってみようかな。
ウィスパー本人に見せてあげたら、「ついに私の人気が出てきたのですね〜!」と喜ぶかもしれない。よし、決まり。

私は掴んだそのウィスパーをもう一度見下ろすと、そのままレジへと向かった。店頭価格280円は、バイトをしている私にとっては安いものだ。





「ただいま〜」

家に帰ると、珍しく景太の突撃はなかった。どうやら遊びに行っているらしい。まだ空が明るいし、当然か。子供は遊ぶのが仕事だしね。いいなあ。

私は久しぶりに平和に部屋へあがり、手にしていた鞄と、紙袋を机の上に置いた。もちろん、この中身はウィスパーフィギュアである。
そっと取り出して、ウィスパーを机の上に飾ってみる。うん、なかなか可愛いんじゃないかな。よしよしと指先で頭の部分を撫でた。すると突然声が。「七海さん〜!」…フィギュアが喋った?!

ぎょっとして見下ろせど、フィギュアは動くわけがない。それなら今聞こえた声は?幻聴にしてははっきりしていた。
今度は部屋の中を見回してみる。でも何もいない。

「何、今の…」

もう一度耳をすましたら聞こえるだろうか。
目を閉じて全神経を耳へと集中させる。しかし、やっぱり聞こえなかった。代わりに聞こえたのと言えば。
「ただいま!お母さん、姉ちゃん帰ってきてる?!」

という、焦ったような景太の声だった。


「姉ちゃん!!」
「七海ちゃんー!」
「ど、どうしたのケータ、ジバニャン…」


そんなに慌てて、と続けるはずの言葉は、景太たちの突撃によって声になることはなかった。「ぐっ!?」かわりに私のうめき声が漏れる。腹部への突進は勘弁していただきたいんですけど…。しかしそんなこと、大人しく聞くような弟ではないが。


「姉ちゃん!どうしよう!どうしよう!」
「大変ニャンっ大変ニャンッ!」
「うっ…なに、どうしたの…」
「ウィスパーが!ウィスパーがああ〜!」


ぐりぐりぐりぃっと頭がお腹に埋め込まれ、ばっと顔をあげた景太が叫んだ。


「フィギュアになってどっかに売られちゃった〜!!!」


何だって。


「昨日、完璧執事妖怪のセバスチャンがきて、妖怪通信簿をつけられてっ」
「ウィスパーは全部E判定だったニャン!フィギュアにされちゃったニャン!」
「え、え?何?どういうこと??」


よほど焦っているのか、彼らの話は要領を得ない。「とりあえず落ち着けー!深呼吸!」と頭をはたいたところで、ようやく景太たちもはっと息を止めた。それから深く息を吐き出して話し出したのは、何ともツッコミどころがありすぎる内容であった。

そもそも完璧執事妖怪って何。ウィスパー意外にも執事妖怪がいるの。それから妖怪通信簿って。妖怪にまで成績付けてどうするんだ。
しかし、それよりも。


「ケータ、あんたウィスパーのこと嫌いなの…」
「え!ち、違うよ〜!」
「焦ってるニャン…めっちゃ怪しいニャン」
「ひどいやつめ」


じと〜と私とジバニャンが景太を見る。
そもそも景太がちゃ〜んとウィスパーのことを心配していれば、こんなことにはならなかったんじゃない。


「ち!ちがうから!姉ちゃん!そんなことよりウィスパー探すの手伝ってよ〜!」
「あ、話反らしたニャン」
「もう!ジバニャンは黙ってて!」


このままだと景太とジバニャンの間で喧嘩が起きそうだ。
やれやれ、とため息をついて、私は机にあるものを手にとった。仕方ない弟たちなんだから。


「姉ちゃん?」
「これ、な〜んだ」


店頭価格280円、ウィスパーフィギュア。これが目に入らぬか。


「あ!それー!」
「ウィスパーフィギュアニャン!!」
「たまたまさくら中央シティのお店で見つけてね。気になったから買ってみたの。まさか本当にウィスパーだとは思わなかったけど」


全く、こんなことになってるなんて。あのときの私の勘は正しかったといってよかろう。
知らない子どもに買われていなくて良かった。いや、でもそもそも売れるのかな、ウィスパーフィギュア。


「姉ちゃん、ありがとう〜!良かった〜」
「でもこれ、どうやったらもとに戻るニャン?」


確かに、ジバニャンの言うとおりである。意外にも冷静なんだな、ジバニャン。
手の中にあるウィスパーを見下して、私たちは押し黙った。こういうとき、おとぎ話のセオリーは。


「…チューでもしてみる?」
「え!?急に何をいうの姉ちゃん!」
「ほら、よくおとぎ話であるじゃん。眠り姫しかり、蛙の王子しかり、チューで魔法が解けるってやつ」
「七海ちゃん急に乙女知識出してきたニャン!どうしたニャン!?」
「だってそれしか思いつかなくて」


カッと目を見開いた二人が迫ってきた。「許しませんよ!絶対に!」…って、私がチューする前提なのね。


「そこまでいうなら、ケータがしてみたら?」
「はああ!?絶対やだ!無理無理俺そういうの無理!するなら姉ちゃんにする!」
「いやいや私魔法かかってないからね。じゃあジバニャン?」
「ぜっっっったい嫌ニャン!ウィスパーにチューするくらいならチョコボー捨てるほうがましニャン!」


ひどい言われようである。しかたないなあ。そしたらやってみるしかないよねえ。


「ちょ、姉ちゃん!?」
「はい、チュー」


ウィスパーフィギュアを持ち上げて、額と思われるあたりにひとつ軽いキス。
すると、ボンッと音を立てて、フィギュアがなくなった。目の前にはいつもの白いふわふわフォルム。目は涙目だけど。おお、本当に元に戻った。


「七海さあああ〜んんん!ありがとうございまうぃす〜!!!」


ガバッとウィスパーが抱きついてくる。「元に戻って良かったね〜」と頭を撫でれば「わたくし一生、七海さんにお仕えしまうぃっす〜!!」とのこと。嬉しいことをいってくれるが、そこまで仕えてもらわなくてもいいかなあ。ウィスパーは景太の執事なんだしね。


「ちょっと!ウィスパー離れて!姉ちゃんから今すぐ離れろ!」
「ちょっと面貸せニャン!そのおでこ拭いてやるニャン!」
「うぃす!?ちょちょちょ、ケータくんジバニャン!?ひどいでうぃす〜!もとはと言えばケータくんが…!」
「うるっさい!いいから行くよ!」
「じ〜っくりおでこ拭いてやるニャン!」
「うわ〜ん!七海さん〜〜〜!!」


ずるずるとウィスパーが引きずられていく。このあと景太の部屋で行われるだろうウィスパーへの「おしおき」に、私は合掌せざるをえなかった。ウィスパーは悪くないのに。


「ま、いっか。さてと、課題やらなきゃ」


隣の部屋から、賑やかな声が聞こえてくる。
それをBGMに、私は教科書を開いた。本当、毎日飽きないよね。

今日も天野家は平和でした。おしまい。