秘密のおしゃべり
ここ数日、夜中にガサゴソという音がする。
それから、誰かの気配も。
普段学校・バイトで疲れきった状態で寝る私は、たいてい朝までノンストップなのだけれど、ここ数日はその音が気になって、若干寝不足気味だった。
でも実は、犯人はわかっている。クローゼットの中にいる大やもりだ。彼はなぜかここ数日、夜中に動き出していて、その音が私の寝不足の原因となっているのだった。
そして今日もまた、ガサゴソガサゴソ…。
さらにはカラカラ、と音がして、クローゼットから大やもりが出てきた気配がした。
「…眠れないの?」
「!ご、ごめん…起しちゃった?」
半身を起して大やもりを見れば、彼は一瞬肩をびくつかせた後、素直に頭を下げてきた。暗いから良く見えないけれど、心なしかシュン、としているような気がする。
どうしちゃったんだろう。
このまま放っておけなくなった私は、とりあえず部屋の電気をつけることにした。スイッチをいじれば、光が一気に瞳の中に入ってくる。痛いくらい、まぶしい。それから欠伸も。私も寝不足だからなあ…ふあああ。
「あ、ごめんね七海…」
「ううん。大丈夫。それより、どうしたの?ここ何日か、ずっとこんな感じだけど」
「眠れないの?」私は先ほどの質問を、再度口にした。大やもりは一瞬迷ったように目を彷徨わせたが、すぐに小さくうなずいた。
「何だか、夢見が悪くて…」
「夢?」
「うん…よく覚えてないんだけど、怖い夢」
ぎゅっと縮こまるように、その場にうずくまる。「寝たいのに寝れない」そのかすかな声がいつもと違って弱々しい。
確かに、眠りたくても眠れないのは辛いものだ。しかも夢見が悪いならなおさら。
大やもりは引きこもりだからなのか、こういう「怖いもの」に滅法弱かった。先日なんて雷の音で怖がっていた。かわいそうだなあとは思うけれど、一方で女子かとツッコミたくなったのは記憶に新しい。どちらかというと、私のほうが逞しい気がする。
うずくまったままの大やもりが、少しだけ頭をあげる。憔悴しきったような顔が、確かにつらそうだった。
「俺、今日はこのまま起きていようかな…」
「…でも、寝ないと辛いでしょ?」
「嫌な夢見るよりはいいかなあ、って」
「ごめんね、俺のこと気にしないで寝ていいよ…」そう言われてしまうと、ますます放っておけないのですが。ああ、もう。仕方ないなあ。
「大やもり、ちょっとこっちおいで」
「え?」
私はベッドに腰掛けると、ポンポンとその横をたたいた。「え、でもケータが一緒に寝ちゃだめだって…」確かに景太は「姉ちゃんと一緒に寝たら許さないからー!!」と言っていた。あのシスコンぶりも困ったものである。でも今は、そうではなくて。
「だから寝るんじゃなくて一緒に徹夜しよう」
「徹夜?」
「そう。私も大やもりに付き合うよ」
一緒に寝るわけじゃない。ただお話するだけ。それなら弟も文句は言うまい。
「…明日学校は?」
「明日は土曜日でお休み。バイトも夜だけだから大丈夫」
「…いいの?」
「うん。いいよ。はい、ここおいで」
「うんっ!」
大やもりはぱあっと顔を輝かせると、すぐに隣へとやってきた。引きこもりな彼がいつもやっているように、さっきまで使っていた毛布を頭からかぶせてあげる。どこか安心した様子をみて、私もほっと胸を撫でおろした。さっきの大やもり、本当につらそうだったから。
「七海、ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、何のお話する?」
「その前に…七海」
「ん?」
「もう一つ、我儘いっていい?」
「手、繋いでほしいな」懇願するように、大やもりが毛布の中から見詰めてくる。
全く、我が家の弟いい、妖怪といい、甘え上手はこれだから困る。
「仕方ないなあ。今日だけだよ」
「やった!ありがとう!」
大きな笑顔を浮かべて、そのまま大やもりの手が絡みついた…って、ちょっと。
「手じゃなくて腕じゃんそれ!手繋ぐじゃなくて腕を組むじゃん!」
手をつなぐと腕を組むじゃ、似てるようで全然違うからね!しかし大やもりには通用しない。「え〜〜〜だめ?」とあざとく首を傾げてきた。しかも、ご丁寧に私にまで毛布を頭からかぶせながら。
彼のそばにはキュン太郎でもいるのだろうか…いや、これは必殺忍法可愛く甘えるの術だ。時として景太も多用してくる。もう、ほんと。
「…好きにしてください」
「わーい」
私も、何だかんだ甘いよね…。
腕をからませ、さらには肩に頭をのせてきた大やもりに一つ、大きくため息。甘え上手ってずるいよなあ。
「ねえねえ七海。学校では何の勉強してるの?俺にも教えてよ」
「え〜あまり面白くないかもよ?」
「それでもいいよ!七海のこと、もっと知りたいもん」
寝たいのに寝れない、と項垂れていた大やもりはどこへいったのか。今では隣で生き生きとしている。
何だかんだいいつつ、私はこの手のかかる妖怪(もちろん弟も)が嫌ではない。
仕方ない、今日はとことん、甘やかせてあげるかと思いなおして、私はまずはどこから話そうかと頭を動かし始めた。