グッドモーニングコール(続)

「七海〜!助けてほしいの〜!」
「わっ!!え、えんらえんら?!」


突然私の部屋にうんがい三面鏡が現れたと思ったら、そこからえんらえんらが飛び出してきた。がしっと私の肩をつかんで、ゆさゆさと揺さぶってくる。「お願い、助けて〜!」突然すぎてついていけていない私は、えんらえんらのなされるがままだ。「ちょ、えんらえんら…!どうしたの?!」「至急元祖軍まで来てほしいの〜!お願い〜!」あれ、何かこの前も似たようなシチュエーション、あったような…。


「女郎蜘蛛が起きないのよ〜私の変わりに起こして〜!」


ああ、やっぱり。この前は本家軍の大ガマ。今日は元祖軍の女郎蜘蛛。どうしてこう、寝起きの悪い妖怪が多いのだろうか?

しかし「七海しか頼める人いないのよ〜お願い〜」そうまで言われてしまえば仕方ない。ふうとため息を一つつくと、私は立ち上がった。


「しょうがないなあ。じゃあ女郎蜘蛛のところに案内してくれる?」
「ありがとう〜七海〜」


叩き起こしの名人として、いっちょやってやりますか。




「女郎蜘蛛〜入るよ?」


可愛らしい襖を2度ほど叩いてから、私は、そーっとそれを開いた。中を覗きこめばまだ薄暗い。部屋の奥には和風な部屋にあまり似合わない天蓋付のベッドがあって、そこに山ができていた。女郎蜘蛛がまだ起きていない証拠である。


「女郎蜘蛛さ〜ん。朝ですよ〜」


起きる気配がないのを知りながら、私は、小声で呟いて近付いていく。ベッドの傍まで来ると、ふわりと甘い香の匂いが薫った。見ればサイドテーブルの上に、お香セットが。

…女郎蜘蛛、女子力高っ!!

こういうところから、女らしさと言うものは磨かれていくのだろうか。
しかもお香セットの近くには加湿器と思われるものまである。そういえば先日こっちに遊びに来たとき買っていたような気がする。最近お肌が乾燥するのよねえと言ってきたし。さすが、その辺は抜かりないんだなあ。


「って、感心している場合じゃないって。起こさないと!」


誰からの反応もない部屋のなかで私は、一人突っ込みを入れると、こんもり盛り上がっているベッドへと手を伸ばした。「女郎蜘蛛〜起きてー!」手始めに揺さぶってみるが、唸り声がしただけで反応なし。


「うーんやっぱり起きないか…」


こうなれば次は布団を剥ぐしかない。
ここからが叩き起こし名人の本領発揮である。


「女郎蜘蛛!!朝ですよーー!!」
「っるせーな…誰だ」
「…は?」


しかしもう一度布団に手をかけたところで、聞きなれないドスの聞いた声が聞こえた。「俺ァまだねみぃんだよ」微かにかすれた声は少し、色っぽい。一瞬誰が発した声かわからなかった。


「え、と。女郎…蜘蛛さん?」
「るせーなぁ」


…女郎蜘蛛である。この声の主はまさに女郎蜘蛛その人のものであった。
なるほど、女郎蜘蛛は寝起きは素の男性に戻ってしまうらしい。確かにこんな風に機嫌悪く言われたら、付き合いの長いえんらえんらも助けを求めたくなるだろう。今更ではあるが、えんらえんらがなぜ私のもとへやって来たかがわかったような気がした。しかし、だからといって怯んではならない。ここで退却してしまえば、叩き起こし名人の名が廃る。私は、心を鬼にすると、一気に布団を剥いだ。

「女郎蜘蛛ーーー!朝だよーー!!」

バサッと翻った布団の中。いつもの女郎蜘蛛が現れると思っていたのに、想像を絶するものが目に飛び込んできた。あれ、ちょっと待って。思わず目を見張ることに。


「え…じょ、女郎蜘蛛だよね…?」


普段の蜘蛛の足のような形をした髪型は全て下ろされて、さらさらとシーツに広がっていた。さらに土蜘蛛とお揃いに施されているメイクも全て落とされていて、真っ白な肌が艶々と光っている。加湿器の賜物か。「うっ…さみぃ…」ぎゅっと縮こまりながら、布団を探す彼は、まさに男。はだけた着流しから見える胸元はセクシーだった。


「あ、あの…女郎蜘蛛…」
「あ?七海?」


あまりのギャップのショックに、力のなくなった私の呼び掛けだったが、女郎蜘蛛は片目を開けると、確かに私の名前を呼んだ。そして一度目を閉じる。再び寝てしまうのかと思われたが、数秒の間のあと、今度はカッと目を見開いた。


「えっ?!ちょ、七海?!?!」
「お、おはよー…」
「ちょ、なんっ何でここに…!ってか私素っぴん…!!」


どうやら本格的に覚醒したらしい。「きゃああ!」と叫び声をあげると、女郎蜘蛛は私が剥がした布団を取り返して被ってしまったのだった。「ちょ、七海、悪いんだけど…!」言わんとしていることは、わかる。そうだよね、寝起き見られるの嫌だよね…。


「う、うん、ごめん、外に出てるね…」
「そうしてちょうだい…!」


何だか見てはいけないものを見たような気がする。そそくさと部屋をあとにしてスススッと襖を閉めた。襖を背にしてふーっと息を吐く。落ち着け私。深く深呼吸。そうして、思ったのは。


「よ、良かった…いつもの女郎蜘蛛だった…」


あんな男らしい女郎蜘蛛、見たことない。


「と、とにかく私の仕事はこれで終わりだよね…」


あとはえんらえんらに任せよう。無意識に詰めていた息をはき、私は現代へ戻るべくうんがい三面鏡のもとへと向かった。もうしばらくは誰かを起こすのはやめよう。
でも。


「さっきの女郎蜘蛛、かっこ良かったかも…」


どきどきと高鳴った胸の音は、隠せそうになかった。