ストリンダーのはなし

膝の上で気持ち良さそうに私のブラッシングを受けていたブラッキーの頭を最後に一撫でして、ゆっくりと彼を下ろした。若干名残惜しそうにするものの、彼はすぐに一声鳴くと、他のポケモンたちの輪の中へと帰っていく。
その後ろ姿を見届けてから、私は背後にある木の側で、目を瞑っていたストリンダーへと声をかけた。

「はい、次はストリンダーの番だよ」

きろり、と愛想のよろしくはない目が開き、こちらをみやる。ブラシを左右に振ってアピールするも、数秒見たのちに、ふいと目線をそらされてしまった。

ストリンダーは卵から育て、最近エレズンから進化したポケモンだ。生まれたばかりの頃はとても甘えん坊で、私の腕に抱えられているのが常だった。寝るのも一緒、どこへいくにも私にくっついていたというのに。

「おおーい、ストリンダーってば」
「…」
「ブラッシング、しなくていいの?」
「…」

この通り。進化した今では遅い反抗期(?)を迎えている。話しかけても反応は薄く、寝るのもモンスターボールの中。あんなに毎日一緒にいたのに。

「…はあ。これが自立…親離れってやつなのかしら」

反らされた目線にため息ひとつ。きっと今は気分が乗らないのだろうと判断し、仕方なくブラシを鞄の中へとしまった。エレズンの頃のように、沢山甘えてもらいたいんだけどな。

実際、ストリンダーには面と向かって言ったこともある。「進化して大きくなっても、今までどおり甘えて良いんだよ」と。でもストリンダーから返ってきたのは、鼻をふんっと鳴らしてそっぽを向いてしまうといった反応であった。この発言は彼にとってお気に召さないものだったらしい。バトルに支障はなかったものの、しばらく機嫌が悪い様子であった。

その後も、他のポケモンたちが私に甘えていても彼がその輪に入ってくることはなく。むしろ距離を取られているような、そんな気さえして、私は少し落ち込んだ。それでもストリンダーはなんだかんだ言って今のように側にいるし、嫌いになられたわけではないのだろうけど。

「まあ、仕方ない、か」

何が仕方ないのかよくわからないまま、一人呟く。

さてと、そろそろお腹もすいてきたし、カレーでも作ろうかしら。

そう思って立ち上がろうとしたときだ。

「わっ…!」

長い間同じ体制でいたから、足が痺れてしまったらしい。うまく立てずによろけてしまう。転ぶかも…!

「っ、と…!あ、ストリンダー…!」

そんなよろけた私を支えてくれたのは、件のストリンダーであった。私を守るように両腕で受け止めてくれている。私より少し背の高い彼を見上げれば、ばちっと目があった。しかし今度は反らされることはなく。むしろ優しく手を取り、体制を整えられた。それはまるで、男性が女性にするような仕草で。

「あ、ありがとう、ストリンダー」

別に、と言いたげな目線が向けられる。握ったままの手が僅かに引っ張られ、先ほど駆けていったブラッキーたちのいる輪へと誘う。痺れた足を気遣うように少しずつ、進む彼の後ろ姿を見て、私ははっとした。

もしかして、ストリンダーは、甘えるよりも、頼られたいのかもしれない、と。

今まで私はストリンダーに対して、何かと甘やかしてきた。例えばワイルドエリアの散策であっても、ストリンダーを最前に出すことはほとんどない。バトルが弱いとか、レベルが低いとかではなく、私自身が彼をまだ「エレズンと同じ」だと無意識に思っていたからだ。

もう守られるべき存在ではないのに。

彼はいつまでも腕に抱えられてるエレズンではない。今では立派に進化して、私を軽々と支えることができる「ストリンダー」なのだ。

「ストリンダー、ごめんね」
「…?」

私の言葉を拾ったストリンダーが、こちらを見下ろしてくる。その頭を撫でようとした手をぐっと我慢し、逆に繋いでいた手をぎゅっと握り直した。

「私、ストリンダーのこと、ちゃんとわかってあげられてなかったのかも」
「…」
「もう、『エレズン』じゃないんだもんね」

ストリンダーは敏い。

私の言いたかったことが伝わったのか、彼の目が僅かに見開く。数秒の間のあと、ふいっとまた目を反らされてしまった。けれど、これは今までのとは違うってわかる。多分、いや確実に照れている。握っていた手が離れずに、むしろもっと近付くように引き寄せられたから。

「…改めて言うのも変だけど、頼りにしてるよ。ストリンダー」

素直に頷いた彼を見て、ようやく私はストリンダーとわかりあえたのだなあと思った。

後日、久しぶりにあったソニアに、「何か、あんたのストリンダー…彼氏みたいね?」と言われるのだけど、それはまたあとの話である。