ぬらりひょんとツンデレ娘

「はあ…今日もエンマ大王様かっこいい…」

デスクの上で頬杖ついて、ほうとため息をつけば、直ぐ様突き刺さるような視線を投げられた。確認しなくても、その主が誰だかはわかる。「何よ?ぬらりひょん」人がせっかくいい気分で浸っているのに、それを邪魔するなんてどういう了見だ。

「ふん。全く呑気なものだなと思ってな」
「呑気〜?どういう意味よ。私はただ、エンマ大王様のかっこ良さについての感想を述べただけだけど?」
「お前の目は節穴なのか?目の前に溜まりにたまった仕事の山が見えていないと見受けられる。大王様に現を抜かすなど、この状態であれば『普通は』できないはずなんだがな」
「…見えてますー失礼なこと言わないでくださいー!」

──わざわざ強調して言わなくてもいいのに!嫌な感じ!

べっと舌を出して、そっぽを向く。しかしそれに対し、今度はやれやれといった具合でため息をつかれた。「…大王様もどうしてお前なんかをこの離宮に入れたのか。理解に苦しむ」さらには哀れんだ表情。本当、失礼しちゃうわ!

ぬらりひょんと私は、いつも「こんな感じ」だった。お互い突っかかる必要なんてないのに、なぜか穏やかに会話することができない。逆にできたらとても普通ではないと思う。それこそ天と地が引っくり返ったかと疑うくらいだ。同僚である猫きよや犬まろに対しては、そんな風に扱わないのに、私だけ。ある意味特別扱いされている。全く嬉しくないけれど。

本当は、口喧嘩なんてしたくない。けれど、もはやこの状態が定着してしまった以上覆すのは難しく、結局毎日「あーいえばこーいう」合戦を繰り広げているのだった。

「あーあ。どうせならエンマ大王様の才女にでもなりたかったなあ。議長補佐官なんて、ぬらりひょんの下僕じゃない」
「お前には無理だ。そもそも大王様のお近くにいること自体おかしな話だろう」

きっと、私とぬらりひょんの関係は、距離をおかない限り永遠に続くのだろう。…そんなの嫌すぎる。私だって、ぬらりひょんと仲良くしたいし、口の悪い女の子ではなく、可愛い子でありたいと思っているのだから。

「…試しにエンマ大王様に直談判してみようかな。異動させてくださいって」

事情を話せば、優しいエンマ大王様だから、私の希望を叶えてくれるかもしれない。とにかく今はぬらりひょんと、少しでも距離をおきたかった。そうすれば、素直になれない自分を変えられるかもしれない。それにぬらりひょんだって、こんな可愛くない私といたってストレスがたまるだけだろう。「ああ、お前と離れられるなら清々する」そんな答えが返ってくるかと思ったのに。

「…そんなに私といるのが嫌なのか」

ぽつり、と呟かれた言葉は、意外すぎて。一瞬耳を疑った。今何て言ったの、この議長様は。

「えっと、ぬらりひょん?」
「…何でもない。聞き流せ」
「いやいやいや!聞き流せないって!もう一回!お願いします!この通り!」
「うるさい。静かにしろ。目の前の仕事に集中しろ」
「無理だから!ねえ、ぬらりひょんってば!」

──私の聞き間違えでなければ、あの言葉は。

普段冷静沈着な、あのぬらりひょんが狼狽えている。そしてそれは私も同じで、顔に熱が集中しているようだった。私の視線から逃れるように、ぬらりひょんは私に背を向けた。その後ろ姿は、いつもより小さい気がする。恥ずかしい。でも、嫌じゃない。

「あの、さ。ぬらりひょん」
「…何だ」
「と、とりあえず一緒にランチでもどう?」

我ながら意味不明なお誘いだとは思ったけれど、ぬらりひょんは「…ああ」と素直に頷いた。それがまた恥ずかしくて、「も、もちろん、ぬらりひょんの奢りで!」何てやっぱり可愛くないことを言ってしまう。けれどぬらりひょんはそんな私にふっと笑うと、「仕方ないな」と初めて穏やかな返事を返してくれたのだった。

──ここから、変わることができるのだろうか。

いや、変わらなくてはいけない。ぬらりひょんが見せてくれた本音に、私も本音で返さなくては。すっと息を吸って、大きく深呼吸。

「じゃ、じゃあパスタ食べに行こう、パスタ!」
「…ここは中華だろう」
「えー!パスタがいいよ!」

もっと素直に。そしてもっと可愛くなれるように。
与えられたチャンスを手に、精一杯の笑顔で、私はぬらりひょんの隣へと駆け寄ったのだった。