色づく椿の変化

おせち料理の買出しを頼まれ、寒さに震えながら歩いていたときのことだ。

「あれ?」

視界の端に入り込んだ色彩に、私は思わず足を止めた。「姉ちゃん?どうしたの?」隣を歩いていた景太も、つられて足を止める。私の視線を辿って「おや。椿が咲いていますね」と言ってくれたのは、ウィスパーだった。

「うん、もう咲いてるんだね」

満開とまではいかないけれど、ぽつりぽつりと色をつけている。誰かの口紅のような、鮮やかな色。
冷たい空気の中、それはとても凛としていて、そこだけ不自然に色付いているようにも見えた。冬に咲く花なんて多くないからかもしれない。色で溢れる春に比べて、冬は白いから。浮かび上がるように、丸く咲く椿に目を奪われるのは当然なのだろう。

「綺麗だねえ」
「早咲きの椿、といったところでしょうか。お花に目を止めるのは、やはりナマエさんも、女性なんですね〜」

「ケータくんだったらスルーでうぃすよ、スルー!」そう続けたウィスパーの言葉に、景太が「うるさいよウィスパー!」と言う。後ろからダルそうに歩いていたジバニャンは、「オレっちは椿よりニャーKBを見たいニャン」と言った。…ウィスパーのいうとおり、まさに花より団子な男子たちである。

「まーったく、ケータくんもジバニャンも!風情がないんですから!少しはナマエさんを見習ったらどうです?!」
「いやいや、私も普段だったら気付かないよ。今日はたまたま、のんびり歩いてたから」

この道は、普段から学校やバイト先へ向かうのに使っている道だ。こんなところに椿が咲いてるだなんて、私もさすがに今の今まで知らなかった。きっと、周りを見る余裕なんてなかったからだろう。季節が移り変わっていることに気付くことができるのは、時間的、精神的に余裕がある人だけだ。慌ただしい毎日の中では、世界の変化を見逃していく。

また一年が過ぎ去っていくのだ。

「一年って早いなあ…」
「姉ちゃん、何かばばくさいよ」

ほう、と白い息を吐き出せば、隣からクスクスと笑われた。人が感慨深く浸っているのに、全くもって失礼な弟だ。

「あのねえ、私はケータと違って大人なの。そんなこと言ってるとお菓子買ってあげないよ」
「嘘だって!姉ちゃん大好き!!だからチョコボー買って!」
「オレっちもナマエちゃん大好きニャーン!チョコボー!チョコボー!!」

ため息しかでないとはこのことか。「お察ししますよ、ナマエさん…」とウィスパーにぽんと肩を叩かれた。
どうやら彼だけが私の味方のようだ。

もう一度、私は椿へと目を向けた。艶やかな花弁がとても綺麗だ。この花はいつまで咲いて、いつ実をつけるのだろう。そして、季節がめぐるその瞬間、私は気付くことができるのだろか。

「姉ちゃん!早くしないと置いてくよー!」
「チョコボー!チョコボーがなくなっちゃうニャン!」

──いや、無理だな。

「行きましょうか、ナマエさん」
「うん、そうだね」

何かを察したらしいウィスパーが、静かにそう促す。色付いた花から無理矢理目を離して、私も彼らを追いかけるために足を動かした。

私はきっと、来年もこの季節の巡りを見逃すのだろう。騒がしい弟や、その友達である妖怪たちがいる限り、私の毎日は慌ただしいままであるに違いない。けれども、それは愛しい毎日だ。

「姉ちゃん〜!お釣り余ったらゴロゴロコミックも買っていい?」

景太が、甘えるように私の腕にしがみついてくる。「オレっちはチョコボーだけで満足ニャンよ?」負けじとジバニャンは私の肩に飛び乗って、すりすりと頬を寄せた。「ちょっと、あーたたち、いくらナマエさんのバイトがお休みだからと言って、甘えすぎなのでは?!」ウィスパーが嗜めるようにそう言っている間に、私はすっかり椿のことを忘れているのだった。

「もう、しょうがないなあ」

口ではそういっても、こんなにも楽しいから。
来年も、こうして皆で過ごすことができればいいな。そう思いながら、この賑やかで慌ただしい年の瀬に、身を任せることにしたのだった。