雰囲気

 朝、オフィスの駐車場を抜けて本部を目指していると、遠くの方で赤井さんが車から降りてくるのが見えた。リュックを背負いながら運転席のドアを閉めると、陽が眩しいのか、いつもに増して怪訝そうに周囲を見渡していている。どうやら私は、まだ気づかれていないみたい。

「よしっ」

 それならと背後からの接近を試みる。建物の陰になるように徐々に距離を詰めていくと、大きな背中まで残り数メートルになった。大きな声を出したら、肩の一つや二つ揺らしてもらえるだろうか。

「あ、っ」
「……どうした?」

 でも、赤井さんには直前で勘づかれてしまう。

「おはようございます!やっぱり、バレちゃいましたね」
「ん?」
「驚くかな、と思ったんですけど、すぐに気づかれちゃいました」
「ああ……だが、君も本気で隠れていなかっただろう?」

 疑いもなく、真っ直ぐ見抜かれてしまっては「はい、そうです」とも言えなくて笑って誤魔化していた。もちろん本気で驚かそうとも彼を驚かせられるとも思っていない。ただ少し話すきっかけが欲しかっただけ。

「赤井さんはもう、驚くこととか無いですよきっと」

 いつも冷静に、何事にも動じず余裕で対処していく赤井さん。こうして一緒に仕事をすることが増えても、大きく表情を変えたり、慌てて動揺を見せるような所は見たことが無い。

「いや?あるな、割と」
「そうなんですか?外からは全然分かりませんよー」
「そういうものなのかもしれんな」
「じゃあ……例えば最近どんなことに驚きました?」
「そうだな、」

 赤井さんが驚くことってなんだろう。言葉の続きを待ちながら見つめていると、すっと視線が交わった。

「君のような捜査官がいることには、いつも驚いているよ」

 その言葉の意味を理解できなくて、思わず眉を顰める。実力不足だと言われているのだろうか。思いもしなかった答えに、歩みは自然と遅くなっていく。赤井さんもそれに気づいて足を止めてくれた。

「悪い意味ではない。その柔らかい雰囲気を保っていられるのは稀だということだ」

 もちろんそう在れない時だってあった。仕事中、悔しくて涙したこともあるし、全然脈の無さそうな赤井さんを前にして、妹のようにしているのが辛くなる時だって。

「……これ、褒められてます?」

 でも、これが私たちなのかもしれない。

「わー、朝から赤井さんに褒められちゃった!……って、あ、ちょっと、待ってくださいよー」

 何も言わずスタスタと歩き出してしまった赤井さんの背中を、私は小走りで追いかけていく。

 彼が発する言葉は、いい意味でも、悪い意味でも頭に残る。今は、こうして赤井さんの隣にいられるだけで充分だと思うようにするしかない。これからもっと経験を積んで、腕を磨いて、今よりももう少し彼の背中を守れるような捜査官になるんだから。

 改めて自分の目標を噛み締めながら、私たちは一緒にオフィスへ入っていった。