「全てが終わったら、ディナーへ行かないか?」
“あの”赤井秀一はそう言って、私の返事を待っていた。
例の組織を一掃すべくFBIと合同捜査をすることになって数か月。公安とFBIの懸け橋に、と連絡係に選ばれてからは、FBIの仮のオフィス立ち上げから日本での暮らしのサポートまで、イレギュラーな業務を全て請け負い、かといって通常の仕事が減る訳でも無いのでまさに激流に揉まれるような思いで自分にできる精一杯をこなしていた。そんなある日のこと。クタクタになりながら最重要機密情報の入ったUSBを工藤邸に届けに行った深夜一時。帰り際に引き止められたかと思うと、彼はそう言って私を見つめたのだ。
「……理解、しかねます」
そのあまりにも突拍子もない誘い文句を再度頭の中で咀嚼しながら、それでも彼の意図が理解できず、ただ見つめ合う状態が数秒続く。
「全てにケリがついたら君と食事がしたいと、誘っているんだ」
赤井秀一。FBIきっての切れ者で、凄腕のスナイパー。絆されるなよと、降谷さんに忠告され必要以上に近づくことをしてこなかったのに。大して世間話をする間柄でもなければ、むしろ我々のルールを無視して行動されては困ると、彼らにとっては耳の痛い話をする役回りも多かったというのに。
「……私、今、仕事中です」
揶揄われているのだろうか。仮に本気だったとしたら、こうして男性から真っ直ぐに食事に誘われるのは初めてで、どう返していいのか見当もつかない。この話題から逃げるように仕事を持ち出せば彼は意味ありげに口元を綻ばせた。
「今の時間を勤務に入れていないのは知っているよ。それに君に断られることも想定内だ」
なら、どうして。それが顔に出ていたのか、それすらも分かり切っていたかのように赤井秀一は静かに私の方へ歩み寄る。するり、と。手首に触れられた指先の感覚に、身体がドキリと高鳴る。手首が優しく包み込まれていく。想像以上に赤井さんの手は温かい。
絆されるな、絆されるな。降谷さんに言われた言葉を必死に頭の中で繰り返す。なのに、彼の視線から顔を逸らすことができなくて接近を回避できない。
「それでも、構わない」
「……っ、」
「終わったらディナーへ行こう」
これはもはや誘い文句でもなんでもなく、まるで決定事項のようだ。彼の声が身体中に響き渡って離れない。脳が麻痺したように赤井秀一とディナーに行く未来を想像してしまった。
「お、っ……怒られてしまいます」
もっと他に理由はあっただろうと、思ったのも後の祭り。赤井さんに、降谷くんにか?と軽く笑われてしまって余計に恥ずかしくなった。今もまだ握られている手首が熱くて仕方がない。
「問題ない。彼は君を怒らないよ」
赤井さんの目の下は相変わらず隈がスゴイのに、今日の彼はなんだか少年のような瞳をしている。私も相当頭がやられている。ゆっくりと手を繋がれて、そのぬくもりに私も自然と赤井さんの手を握ってしまった。
「また、誘うよ」
そう言って離れていく指先が、切なくて。私はもう完全に、この人に落ちてしまったのだと確信してしまった。