※これまたとんでもなく捏造につき注意。男装主です。昔。
「べディヴィエール様、朝のお支度に参りました。入っても?」
控えめなノックの後、いつもの、低くもなく高くもない、少年のような声が聞こえる。
「ええ、どうぞ」
私は、扉に声をかけて、
「おはようございます、べディヴィエール様」
「おはようございます、男装名」
朗らかに挨拶した男装名に、私からも挨拶を返す。
毎朝のやりとりだが、存外嫌いではない。
「それでは、いつも通り、まず髪を結って頂けますか?」
男装名は一つ頷くと、椅子に腰掛けた私の背後に回り、壊れ物でも扱うかのような手つきで、私の髪を梳かし始めた。
私の隻腕では、この髪を編むことは難しい。
出来ないことではないが、男装名に結ってもらうことに慣れてしまった。
朝の静かな時間に、ゆったりとした空気が流れる。
部屋で聞こえる音といえば、私の髪を梳く音、それから、男装名の小さな呼吸の音。それだけだ。
ふいに男装名が口を開いた。
「べディヴィエール様、だいぶ御髪が伸びてまいりましたね」
「そうですね……貴方が私の元へ来てからですから、もうそろそろ7年ほど切ってませんね」
そろそろ切った方が良さそうですね、ぽつりと口の中で呟くと、聞き取った男装名が全力(と感じる)で首を振る気配がした。
「いいえ、いいえ!そのような……!勿体のうございます!こんなに綺麗な髪ですのに……!」
そのあまりの必死の言い様に、そばにあった鏡を手に取り、背後を覗き込む。
目があった瞬間、そのふっくらとしたあどけなさの残る頬に、赤みがさした。
「すみません……、ただ、本当に勿体ないと思って……。」
申し訳なさそうに視線が徐々に下を向く。
手が止まってしまったのをみて、一つ笑みが浮かんだ。
「ふふ。そう言ってくれるとは、嬉しいですよ。ただ、男装名も従騎士となって、そろそろです。一人立ちの日も近いでしょう。」
「そ、れは」
主人に一人立ちを仄めかされて、喜ばない従騎士は恐らく、いない。
だというのに、男装名は黙り込んでしまった。
─"べディヴィエール卿も、そろそろ小姓をとられては如何かな?"
小姓とは、所謂、騎士の弟子のようなもの。
主人であり、先輩騎士でもある人に仕え、身の回りの世話をし、騎士としての在り方を学ぶ。
小姓から従騎士になれば、一層の研鑽と努力により、早く一人前の騎士になれることもある。
男装名は、あまり小姓を取りたがらなかった私の、恩人とも呼べる方から預かった、こどもだった。
通常よりも遅く(騎士になることを反対されたからだと聞いている)、10歳で私の小姓になり、
17ともなれば、一人前の騎士と呼ばれる日も、そう遠くないだろう。
だというのに、
「男装名、手が止まっていますよ」
途端、はっと顔をあげた男装名は、謝りながら髪を編み始める。
それでも浮かない顔を見て、不謹慎ではあるものの、また笑みが零れてしまった。
「ふふ…」
「……?なにかありましたか?」
主人の笑いを何事かと思ったのだろう。
顔いっぱいに疑問符を貼り付けて、鏡越しにこちらを心配そうに見つめている。
「いえ、何でもないのですよ。ただ、」
もうそろそろ、結び終わる頃だろう。
男装名の白い手が、髪留めに触れるのを見た。
「先ほどの話ですが。あと2年、待ちましょう」
「それまでに、貴方がどうなりたいのかを、決めなさい」
男装名の驚いた目と、鏡越しに見つめ合って、ゆっくりと微笑んだ。
みるみるうちに、真っ赤になった頬は、もはや林檎のようだと、思う。
そのうち、目すら潤んだように見えて、そっと鏡を置いた。
「あと2年の間は、毎朝お願いしますね」
結び終わり、背後に立っていた男装名に振り向きながら告げる。
立ち上がり、真正面から改めて
その見上げてくるほど小さな背や、声変わりをしない声、ほっそりとした首を、微かに含まれる言葉の甘さを、その秘密を。
私はこれからも気づかない振りをするだろう。
そして、先ほどの迷いが私の為であったなら、良いと思う。
いずれにしても、あと2年。
男装名の唇が、僅かに震えたのを見て、もう一度微笑んだ。