「なまえに会わせたい人が居るんだ」と焦凍くんに言われて連れて来られたのは、完全個室の居酒屋だった。一体誰に会わせたいのかと聞いても何故か焦凍くんは教えてくれない。焦凍くんがわたしに会わせたい人って?共通の知り合いとか居ないよね?……と首を捻っている間に店員さんに''その人''が待つ部屋へと案内される。
ーーそこに居たのはわたしに想像がつく筈も無い、思わぬ人物だった。
「悪い、待たせたか」
「ううん、全然待ってないよ。あ、初めまして、なまえさん!僕、緑谷出久です。今日は来てくれてありがとう」
「は、初めまして、みょうじなまえです……ええっと……???」
「なまえ、デクって分かるだろ」
「デクってプロヒーローのだよね……って……え……ええ!?」
動揺し過ぎてめちゃくちゃ吃ってしまった。恥ずかしい。っていうかちょっと焦凍くん!''デク''が待ってるなんて聞いてないんですけど!
えっわたしに会わせたい人ってデクなの?焦凍くんはなんで隠してたの?というか何故!?会ったことないよね、初対面だよね!?サプライズ過ぎて全く心の準備が出来てないんだけども……!あわあわと混乱して脳内で疑問符を飛ばしまくるわたしに対して焦凍くんは「俺と会った時はそんなに興奮してなかったよな?」と不満そうに眉根を寄せている。何故だ。
「取り敢えず二人とも座りなよ、ね?」
ニコリと微笑んだ緑谷さんに促されてわたし達は席に着いてそれぞれ飲み物を注文する。うわあ、本物のデクだあ。子どもが好きなプロヒーロー1位というだけあって、滲み出る優しさとオーラが眩しい……キラキラしてる……!これは焦凍くんとは違うタイプのキラキラだ。
「……ちょっと轟くん、僕、ちゃんとなまえさんに伝えておいてって言ったよね?」
「俺なりのサプライズのつもりだったんだが」
「(そんなサプライズいらなかったー!)」
「轟くんって昔からそういう所あるよね……なまえさん、驚かせてごめんね。僕がどうしても君と話してみたくて、轟くんにお願いしてこの場をセッティングしてもらったんだ」
「デクさんがわたしに……ですか?」
「ああ、同い年だし敬語じゃなくていいよ!あと出来ればそんなに畏まらないで欲しいなあ」
「そんな!恐れ多いです!」
「んー、今の僕はヒーローのデクじゃなくて、轟くんの友人の緑谷出久としてここに来てるから」
「う……じゃあお言葉に甘えて……えっと、緑谷くんって呼んでもいいかな?」
「勿論!ふふ、なまえさんに会えて嬉しいよ」
「(ひえ……)」
後光が射してる……!
そんな話をしている間に頼んでいた飲み物が届いて、わたし達はそれぞれ片手にグラスを持って乾杯をする。き、緊張で味が良く分からないよう。
「緑谷は高校時代からの友人なんだ。その頃から今まで、ずっと世話になってる」
「そうなんだ、二人は同級生なんだね。……あ、あの緑谷くん」
「ん、なあに?」
「その、わたしあまりプロヒーローに詳しい訳ではなくて……だからうっかり失礼な事を言ってしまったらごめんなさい」
焦凍くんとお付き合いを始めてから大分ヒーローに関する知識が増えたとはいえ、世間一般的に見てもわたしは疎い側の人間だと思う。デクの事も焦凍くんや後輩ちゃんが話すから知っていただけで、細かい事は何も知らない。
焦凍くんにとって大切な存在であろう緑谷くん。わたしが無知故に失礼な発言をしてしまって、不快な思いはさせたくない。万が一わたしの所為で二人の関係に亀裂が入りでもしたら最悪だ。
こんな事ならもっと興味を持って色々と調べておくんだった!なまえの馬鹿!
わたしが自分で自分を責めていると向かい側に座っている緑谷くんはぱちぱちと瞳を瞬かせ、それから小さく吹き出した。
「ふふっ……ごめんね。なまえさんが轟くんに聞いた通りの人だったから、思わず笑っちゃった」
「(焦凍くん、一体どんな話を)」
「余計な心配は要らないから、僕の前でもありのままのなまえさんで話してくれたら嬉しいなあ」
瞳を細めて微笑む緑谷くんに思わずほう、と見惚れる。何て柔らかくて穏やかな笑みを浮かべる人なんだろう。人を安心させる笑みって、きっとこういうものなんだろうなあ。胸のあたりがじんわりと温かくなるのを感じた。まだ出会ったばかりだけど、わたしは確実に緑谷くんに心を許し始めている。勿論焦凍くんの友人だからというのが大きいけど、緑谷くんの持つ優しい雰囲気がわたしの緊張を解してくれるのだ。
「なまえ」
「?なあに焦凍くん」
「……いや、何でもねえ」
「え、何でもないの?」
焦凍くん、またしても心なしか不機嫌に見える。早速何かやらかしてしまったんだろうか、と首を傾げると正面に座っている緑谷くんが笑いを噛み殺してるのが見えた。口元を手で覆ってるけど、肩が揺れてる。み、緑谷くんって笑い上戸なのかな?
「緑谷、笑い過ぎだ」
「いやだって……ふ、ふふっ……」
「緑谷」
「ごめんごめん、……くふ」
「わたし何か失礼な事言っちゃったかな、」
「あはは、違うよなまえさん。轟くんは僕が君の視線を独り占めしてしまうのが許せないみたい」
「へ?」
思いがけない言葉に焦凍くんの方を見ると、ぱっと視線を逸らされてしまった。慌てて緑谷さんに視線を戻すも、彼は楽しそうにニコニコと笑っているだけ。……それって。
「うん、つまり轟くんは僕にヤキモチを妬いているって事」
「やきもち……!」
あの焦凍くんがヤキモチを妬いている……!?その事実を噛み締めた瞬間、かああと一気に顔に熱が集まるのを感じて、咄嗟に頬を両手で覆った。ヤキモチを妬く側にはなっても妬かれる側になる日が来るとは思っていなかったから中々の衝撃だ。嬉しいやら恥ずかしいやら、感情がごちゃ混ぜになってどんな顔をしたらいいのか分からない。
じゃあヤキモチを妬いた(らしい)焦凍くんはどんな顔をしているんだろう、とこっそり表情を盗み見ると、焦凍くんの白い頬も薄っすらと赤く染まっていた。ほ、本当にヤキモチ……妬いたんだ……。惹きつけられたように焦凍くんの顔から目が離せなくなって、そのまま見つめていると思い切り視線がぶつかった。慌てて顔ごと視線を逸らすと、そんなやり取りを見ていた緑谷くんにまた笑われてしまう。さ、さっきからこんなのばっかりだあ……。
「……っこんなに面白い轟くんが見られるなんて……僕はなまえさんに感謝しないといけないなあ」
「……あんまり揶揄わないでくれ」
「ごめんってば。君たちがあんまりにもお似合いだから、つい」
「……ったく」
そう言いながらお酒を煽る焦凍くんに対して「もう揶揄わないから許してよ」と緑谷くんが眉を下げて笑う。そんな緑谷くんをじとりと睨め付けた焦凍くんはふう、とひとつ息を吐いてから「仕方ねえな」と笑みを返した。そんな何気無いやり取りが二人の親密さを表してるようで、それを見ているわたしの口元にも気付けば笑みが浮かんでいた。
「二人は凄く仲が良いんだね、」
ぽつりとそう漏らせば、二人が顔を見合わせて照れ臭そうな表情を浮かべる。胸がぽかぽかと温かいのは、きっとわたしだけじゃない。
−−柔らかな雰囲気が満ちたこの空間は楽しい。出て来るご飯もどれもこれも美味しくて自然とお酒が進む。飲み会が始まって数時間が経つ頃には、あれだけ緊張していた事が嘘みたいにわたしは緑谷くんと打ち解けていた。
「ねえなまえさん、折角だし高校時代の轟くんの話とか聞きたい?」
「高校生の頃の焦凍くん……!き、聞きたい!聞きたいです!」
前のめり気味に食い付くわたしに「んー、何から話そうかなあ」と顎に指先を押し当てる緑谷くんは中々にあざとい。興味津々のわたしと、饒舌に二人の出会いから話し始めた緑谷くんを見て、焦凍くんは止める事は不可能だと悟ったらしい。
徐ろに立ち上がった焦凍くんを目で追いかけると、ぽす、と大きな掌がわたしの頭の上に乗っけられた。
「サイドキックに伝え忘れた事を思い出したからちょっと電話してくる」
「……いってらっしゃい」
「ん。なまえが楽しそうで良かった。……緑谷、昔の事話すのは良いけどあんまり恥ずかしい事は話すなよ」
「はあい」
優しい顔をした焦凍くんが乱さない程度にわたしの髪を撫で付け、扉から出て行った。その後ろ姿を思わずぼんやりと見守ってしまう。わたしに触れた手も、表情も、声色も、全部が甘くて優しくて……自分が凄く大切にされている事をこんなタイミングで実感して、それが何だか気恥ずかしい。その恥ずかしさを誤魔化すように撫でられた髪に触れ、息を吐く。
「ねえ、なまえさん」
名前を呼ばれ、慌てて緑谷くんの方へと視線を向ける。するとそこにはさっきの焦凍くんと良く似ている、優しい表情を浮かべた緑谷くんがいて。
「君達は本当にお似合いだ」
「え……ど、どうして急に」
「んー、轟くんってなまえさんの前だと良く笑うでしょ」
「……うん」
「ふふ、つまりそういう事。君の話をする轟くんはいつも凄く幸せそうで……だから、僕はどうしても君に会ってみたかったんだ」
「……緑谷くん」
「僕が言うのもおかしいけれど、なまえさんが轟くんの恋人で良かった。君はとても素敵な
……嬉しい。今にも泣き出してしまいそうな位、緑谷くんのその言葉が嬉しかった。自分に自信なんて常に無い。だって、わたしは特に秀でた部分がない普通の女だ。焦凍くんに愛してもらっているという実感はあれど、いつも不安が付き纏う。
けれど今、緑谷くんの言葉がわたしの心を優しく包み込んでくれている。焦凍くんの大切な人に認めてもらえた。その事実がこれからも焦凍くんの隣で歩んでゆく''平凡な女''であるわたしの背中を押してくれる気がした。
「……ありがとう、緑谷くん」
ほんの少し掠れた声でお礼を言えば、緑谷くんは「僕が今言った事、轟くんには内緒だよ」と照れ臭そうに笑った。
−−電話を終えて戻ってきた焦凍くんを交えた三人で暫く他愛もない話をして、今日の会はお開きになった。緑谷くんとは駅で別れて(その際にまた三人でご飯にでも行こうと約束をして連絡先を交換した)、今は焦凍くんと一緒に家までの道を歩いている。
隣を歩く焦凍くんの横顔を見上げると、すぐにその視線に気が付いた焦凍くんがわたしの顔を見て「どうした?」と首を傾げる。
「……今日は凄く楽しかったな、と思って」
「そうか。なら良かった」
「緑谷くんに紹介してくれてありがとう」
「ずっと会いたがってたからな、緑谷が。それに、」
その後に続く筈の言葉は何故か紡がれず、今度はわたしが首を傾げる番だった。焦凍くんの視線はわたしに向けられたまま。焦凍くん、と名前を呼べば繋いだ手にぎゅ、と力が込められた。
「……いや、何でもねえ」
「……今日はそればっかりだね?」
「はは、確かにな。悪い」
目を細めた焦凍くんが微笑う。わたしの好きな顔。緑谷くんの『轟くんってなまえさんの前だと良く笑うでしょ?』という言葉を思い出して、不意に胸が甘く疼いた。この顔はわたしだけに見せてくれる顔、なのかな。
……そうだと良いな。
「……焦凍くん、」
「ん?」
「……大好きだよ」
周りに人が居ない事を確かめて小声でそう言えば、焦凍くんが目を丸くする。みるみる内に赤くなる頬に、愛おしいという気持ちが募った。
これからも大好きなこの人の隣を歩いていきたい。何があっても、どんな事が起きても。
一歩も遅れる事なく、ずっと、隣を。