お祭でぇと(前)

(爆豪)
※「夏とアイスと」〜「大丈夫だよ、」の間くらいのお話です。



とある日曜日。「近くの神社でお祭りがやってるんだって」と話すなまえは瞳は爛々とさせていた。ああ、どうりで駅に人が多かったワケだ。……行きたいなら行きたいと素直に言えば良いのに、仕事をして帰って来た俺に気を遣っているのか、そわそわと窓の外に視線を向けるだけで一向に「行きたい」とは口にしない。……クソ、仕方ねェな。はあ、と息を吐いて読んでいた雑誌を閉じた。


「行きてェなら準備しろや」
「……いいの?」
「良いから言ってんだろ」
「す、すぐ準備する!実はこの前ね、光己さんに浴衣貰ってね……!」
「はァ?お前いつババァに会ったんだよ」
「もー、またババァとか言って……。この前偶々ばったり会ってね、爆豪くん家にお邪魔したの。その時に貰ったんだあ……!凄く上品で可愛いの!今年の夏は着れないかなって思ってたから嬉しい……!き、着てきてもいい……?待っててくれる?」
「…………早よしろよ」
「!うんっ」


ぱあっと表情を明るくさせたなまえが軽快な足音を立てながらリビングから出て行く。一度閉じた雑誌を再び開き、目線を落とした。


俺の母親となまえは気が合うらしく、俺の知らないところで度々二人で出掛けている。つーか、実家に行ったなら俺にも一言くらい言えよな。


………それにしても遅ェ。着ようと思ったは良いが、浴衣が着れないとかじゃねェだろうな?大して興味もなかった雑誌をテーブルの上に放り投げ、なまえの元へと向かう。


部屋を覗き込むと、浴衣を纏ったなまえが鏡の前で何やら試行錯誤していた。……ちゃんと着れてるじゃねェか。「なまえ、」と後姿に声を掛けると、慌てた様子でこちらへと振り返った。


−−−非常に悔しいが、一瞬見惚れた。


椿が描かれた浴衣は派手だが落ち着いた雰囲気があり、なまえに良く似合っている。不意にあのババァのほくそ笑む顔が浮かび、してやられた気分だ。良い仕事しやがって。

髪飾りを手にしたなまえは何やら困った様子で、「爆豪くん……」と情けない声で俺の名前を呼んだ。聞けば浴衣は着れたが、髪型が思い通りにセット出来なくて困っていたらしい。


「不器用かテメェは」
「光己さんが髪飾りもくれたから、この髪型に挑戦しようと思ったんだけど……」
「……どれだ」


なまえの後ろに座り、スマホを奪い取る。流れている動画を一通り見て大体のやり方は理解出来た。


「櫛とヘアピン寄越せ、あと髪飾りも」
「……やってくれるの?」
「出来ねェんだろ。それに俺がやった方が早ェ」
「確かに……!えへへ、お願いします!」
「おら、前向けや」


髪をねじり、編み込み、それをくるくると巻いていく。動画の通りに後れ毛もつくって、最後に飾りを挿し込んだ。


「爆豪くん……このクオリティーは最早プロの域だよ……!すごーい!かわいい!」
「これ位一度見りゃ出来るだろ」
「ね、ねっ、どうかなっ?」


くるん、と振り返ったなまえが興奮で頬を赤らめながら問いかけてくる。思わず口を噤んだ。真っ直ぐ見つめてくるなまえから目を逸らし、「悪くはねェ」と返事をした。


「ふふ、悪くないかあ、そっかあ」


ゆるゆると頬を緩ませているなまえに「準備が出来たならさっさと行くぞ」と告げ、先に部屋を出た。「はーい!」と言う返事を背中に受け、リビングに戻ってから思わず顔を覆う。


……ンなもん、可愛いに決まってンだろ。一々聞くな、クソ。


***


夏も終わりが近付き、夜になると少し肌寒さを感じるようになって来た。隣を歩くこの女はそんな事は微塵も感じていないのか、しゃらしゃらと髪飾りを揺らしながら子どものようにはしゃいでいる。


「何食べようかなあ……!」
「お前は食い物にしか興味がねェのか?」
「屋台の食べ物って特別美味しく感じない?焼きそばは絶対食べたいね!あとかき氷も食べたいし、……あっ、じゃがバターも!」


洒落た格好をしている癖に、興奮してるせいかいつも以上に落ち着きが無い。なまえの口からは次々に食べ物の名前が上がり、「沢山食べるために半分こしようね!」と俺にも同じ量を食わせる気満々だ。この女は屋台全制覇でもするつもりだろうか?

屋台に夢中ななまえは目を離すとすぐ人混みに埋もれちまいそうだ。……ッチ、仕方ねェ。迷子にでもなられたら面倒だ。だから、仕方なくこうするのだ。


なまえの右手を、しっかりと握る。


「ちゃんと前見て歩けよ」
「……へへ、爆豪くんから繋いでくれるなんて珍しいね」
「食いモンに気ィ取られて迷子になられても困るからな」
「む、子どもじゃないんだから」
「今のお前のはしゃぎっぷりはその辺の餓鬼と殆ど変わんねェな」


そう言いながら鼻で笑うと、「だって……」となまえが睫毛を伏せた。握った手にきゅ、と力が込められる。視界に入った耳は薄っすらと赤く染まっていた。唇を尖らせたなまえがぽつりと漏らした言葉に、俺は本日二度目の''してやられた''感を味わうことになった。不覚だ。


「爆豪くんとお祭に来れた事が嬉しいんだもん……」
「…………はあ」
「な、なんで溜息吐くの」
「……何でもねェよ、気にすんな」


さっきから俺ばかり翻弄されている気がして何だか気に食わないが、もう諦める事にした。そうだ、なまえはこういう女だ。思わぬタイミングで腹が立つくらい可愛い事を言ってくる女なのだ。


「……色々食うんだろ?さっさと回ろうぜ」
「あっ、う、うん!」


なまえの手を引いて歩く。騒がしい喧騒の中、狭い歩幅に合わせて歩くといつも以上にゆっくりとした時間が流れた。


シロップ掛け放題のかき氷にたっぷりと苺味のシロップを掛けたなまえは、ほぼシロップと化したそれに満足気だ。


「アホかお前は……」
「美味しいからいいの!ひゃー、頭キーンってする。はい、爆豪くんにも一口!」
「ん」


プラスチックで出来たスプーンを含むと、甘ったるい味が口の中に広がった。甘ェ、と文句を言うとそうだね、となまえが笑う。


なまえは屋台で色々な物を買ってはもぐもぐと食い続けた。何を食っても美味しいと喜ぶなまえは本当に幸せそうで、その横顔を見る度に連れてきて良かったと、そんな事を思った。


一通り祭を見終わる頃、なまえは一つの屋台の前でぴたりと足を止めた。良くある玩具の指輪を売っているような屋台だ。


「……どうした」
「……ちょっと子どもの時の事思い出しちゃって」
「何をだ」
「ちっちゃい時はさ、こういう屋台で売ってる玩具の指輪が凄く特別なものに思えて……でも、こんなの要らないでしょーって言われたら、欲しいなんて言い出せなかったなあって」


子どもの頃に親と来た事を思い出しているのか、なまえはきらきらと光る色取り取りの指輪をぼんやりと見つめていた。


「行こっか、」


なまえが俺の手を引いて歩き出す。しゃらんしゃらん。揺れる髪飾り。さっきまでアレだけはしゃいでいた癖に急に静かになりやがって。足を止める。不思議そうな顔で俺を見上げるなまえを、無言でさっきまで見ていた屋台へと連れ戻した。


「ちょ、爆豪く……」
「選べ」
「え、」
「どれがいいんだ」
「どれって……」
「テメェが選ばないなら俺が選ぶ」


そう言うと、「じ、じゃあこれ……」と赤い石が埋まった指輪を指差した。店主に金を払い、受け取った指輪をなまえの手の上に転がす。


「そんな玩具の指輪が欲しかったなんて、小さいお前にも可愛いところあるじゃねーか」
「……貰っていいの?」
「要らないなら捨てるだけだ」
「い、いる!……えへへ……綺麗……」


お菓子のオマケとかで付いてきそうな、赤い石が埋まった随分とちゃっちい指輪だ。そんな物を後生大事そうに握り締めて、なまえは花が咲くような笑みを向けてくる。……ああ、クソ。その笑顔は''ホンモノ''を渡す時まで取っておいて欲しかった。こんな安っぽい玩具の指輪に取られちまうなんて。


「ありがとう!」
「……おう」
「……この指輪、爆豪くんの瞳の色にそっくり」
「あ?何か言ったか?」
「えへへ、なんでもなーい」



ニコニコと上機嫌のなまえは「最後にチョコバナナが食べたい!」と言い出し、まだ食うのかよと思わずげんなりしてしまった。お前の胃袋はブラックホールか?じゃんけんに勝ったらもう一本、見事に店主に勝利したなまえから食いたくもないチョコバナナを押し付けられ、俺たちは帰路に就いていた。


「楽しかったねえ」
「俺は腹がはち切れそうだ」
「ふふ、疲れてるのに付き合ってくれてありがとう」


履いていた下駄を脱ぎながらなまえがそんな事を言う。別に元から疲れてねェし、コイツに付き合ったワケでもねェ。

不意に、なまえの汗ばんだ白い項が視界に入った。歩き回った事で少し乱れた髪はやたらと色気があり、……さっきまでそんなつもりは無かったが、正直ムラっと来た。

思い立ったら即行動だ。浴衣のなまえを後ろから抱き締めると、びくりと肩が跳ねた。項に鼻を寄せると、汗の匂いに混じってなまえの匂いがする。


「なァ、なまえ」
「な、なに……?」
「……俺のシたい事にも付き合ってくれよ」


ちゅ、とわざとリップ音を立てて首筋に口付ける。なまえが小さく嬌声を上げた。