甘やかし上手


6月。わたしにとって泣きたくなるほど憂鬱な季節がやって来た。そう、梅雨だ。女性に多いと思うけれど、酷い偏頭痛持ちのわたしはこの季節になると薬が無いとろくに動けなくなってしまう。窓を打つ雨の音、起きた瞬間から割れそうに痛む頭。……今日はいつにも増して最悪だ。ズキズキ痛む頭を抑えながら、なんとかベッドから起き上がる。仕事は休みだけど、今日は爆豪くんが事務所に行くって言ってた……色々用意しなきゃ……。ってあれ?いつもがっちりとわたしを抱き寄せている腕がない。というか爆豪くんがいない。そう思ったタイミングで寝室のドアががちゃりと開いた。手に何かを持った爆豪くんが立っている。


「なまえ、起きれたんか」
「あ、爆豪くんおはよう……今日は早いね。もしかして急に呼び出しでもあった?」
「いや。つーかお前、調子悪ィだろ」
「あー……うん……」
「寝てる時から魘されてたぞ。そんな酷いのか」
「ん、いつも通りって感じ。薬飲んだら落ち着くよ」
「じゃあ飯食ってさっさと薬飲め。んで今日は何もすんな。大人しく寝てろ」


近付いてきた爆豪くんが、ベッドに座っているわたしにお盆を手渡してくる。小さなおにぎりがふたつと、鎮痛剤とお水。思わず爆豪くんを見上げると、くしゃりと優しい手つきで髪を乱された。


「お前、腹に何も入れないで薬飲むとすぐ胃痛めるだろ。食欲無くても絶対食ってから飲めよ」
「美味しそう……ありがとう……」
「何か食いたい物とか必要な物あったら今の内に言っとけ。そんなに早く帰ってこれねェとは思うけどよ」
「こ、高熱出した訳じゃないし、偏頭痛如きでそんな甘えられないよ……」
「関係ねーよ。お前にとっては辛ェ事なんだろ」


爆豪くんの声も掌も優しくて、じわりじわりと心に染み渡っていく。ズキズキと痛む頭も気にならないくらい、爆豪くんの気遣いが嬉しかった。彼はいつもそうだ。「心配してる」と口には出さないけれど、行動で沢山のことを伝えてくれる。生理痛が酷くて動けない時も無言でお腹を撫でてくれたり、熱を出した時は「うつすんじゃねェぞ!」と言いながら一日甲斐甲斐しくお世話してくれたり。


「……えへへ」
「何不細工な顔して笑っとんだ。いいか、ちゃんと食えよ」
「うん、分かった。もう行くの?」
「ああ。もう出る」
「じゃあ玄関までお見送り……あでっ」


ベッドから出ようとしたら頭を軽くはたかれる。い、痛い。般若のような顔をした爆豪くんに「大人しくしてろっつってんだろ」と怒られてしまった。


「ここで良い」
「……うん、いってらっしゃい」
「ん」


顔を寄せてきた爆豪くんの唇に軽いリップ音を鳴らしてキスをする。同棲を始めてから習慣になった、''いってらっしゃいのちゅー''というヤツだ。最初の頃はちょっと恥ずかしかったけれど、これをすると何だか嬉しそうだし、キス待ち顔の爆豪くんがめちゃくちゃ可愛いからこれからも続けていきたいと思っている。


「じゃあな、」と手を挙げて爆豪くんが部屋を出て行く。爆豪くんの姿が扉の向こうに消えたのを見届けて、小さなおにぎりに齧り付く。絶妙な塩加減。具はわたしの一番好きな鮭だ。わたしの為にわざわざ焼いてくれたんだと思うと、思わずほっぺが緩んでしまう。……幸せ者だなあ、わたし。おにぎりを二つ平らげて、用意された薬を飲む。ぼすんとベッドに寝転ぶと、爆豪くんの甘い残り香がして胸がいっぱいだ。偏頭痛は酷いけれど、それ以上に幸せで。ゆっくりと沈んでいく意識の中で、爆豪くんが帰ってくるまでにご飯を作らなきゃなあ、なんて事を考えていた。


***


強く窓を打つ雨の音で目が覚めた。天気予報では今日は一日曇りだった筈だ。これだから梅雨は嫌いだ。体を起こして水を取りに行こうとしたところでなまえが魘されてる事に気が付く。汗で張り付いた髪をそっと退けてやり「おいなまえ、」と名を呼ぶ。眉間に皺の寄った険しい顔。……ああ、雨のせいか、と理解した。なまえの体調は天候に左右されやすい。特に台風が来る前の日や当日は薬が効くまで全く動けないのだと嘆いていた。頭痛持ちではない俺にはその痛みは理解出来ないが、なまえが毎回顔を真っ青にしているので相当しんどい事だけは分かる。

しかし辛くても「大丈夫だよー」とへらへら笑ってんのがこの女だ。明らかに大丈夫じゃねェのに気丈に振る舞おうとすんのが本気で腹立つ。恋人なんだから辛いなら頼れや、と思うけれど自分からそんな甘やかす様なことを言うのは癪に障る。……どうせコイツの事だ。いつも通りの時間に起きて、碌に飯も食わないまま鎮痛剤の世話になるに決まってる。……何か作るか。なまえを起こさないようベッドを抜け出し、自分の分の朝メシを平らげなまえ用に小さめの握り飯を二つ作っておく。具を鮭にするあたり、俺はなまえにどうしようもなく甘いのを実感する。

予想通りいつもの時間に起きていたなまえをもう一度ベッドに押し込み、飯を食ってから薬を飲むように言い聞かせた。ベッドから出るな、って言ってんのに玄関まで見送ると言うこの女は何も分かってない。俺は具合の悪い女に色々させる程鬼畜じゃねェんだよ。少し落ち込んだ様子のなまえにいってくると口付けを交わし家を出た。雨がうざってェ。


雨粒を蹴飛ばしながら、今日の予定を思い出す。事務所での仕事を終えたらその後はパトロール……雨だし長引きそうだな。何時に帰れるか分かんねェけど、出来るだけ事務所での仕事をさっさと終えて……まだ店が開いてたらアイツの好きなケーキでも買って帰ってやるか。まァ大人しく寝てなかったら俺が食うけどな。

なまえの喜ぶ顔を想像すると、雨で憂鬱になる気持ちは少しも晴れる。しおらしいアイツと一緒にいると気持ちが落ち着かねえ。

早よ明けろや梅雨、と舌打ちをしながら事務所へと足を進めるのだった。



(帰宅したら玄関で「おかえりなさい!」と出迎えられたので思い切り頬を抓ってやった)