(死柄木)
雨が降る。
当たり前のようにふらりと公園に訪れたなまえは心なしか気落ちしているように見えた。人気の無い公園に俺の姿を見つけると、たっと駆け寄ってくる。危なっかしいなァ、オイ。
「弔さん、お久しぶりです!」
「……何かさぁ」
「?どうしました」
「おまえ顔色悪くねぇ?」
「へっ……そ、そうですか?」
自身の頬に手を当てたなまえが眉を下げてへら、と笑う。
「この前ちょっと風邪を引いてしまって」
「うつすなよ?」
「あっ、もう完治してますから。風邪引いた状態で弔さんに会いに来たりしないですよ」
「なら良いけど」
風邪が治ったばかりなのにフラフラ雨の日に出歩くなよ、とは思うが。久々の雨の日だから出て来ちまったんだろうな。何故かは分からないが好かれてるのは自覚している。天候の悪い日にしか会えない俺に今日なら会えると思って、病み上がりにも関わらず此処にやって来たのだろう。健気なワンちゃんだ。
まぁ悪い気はしない。当たり前の様に隣に腰掛けた彼女に視線を向け−−らしくもなく瞳を見開いた。視界に飛び込んで来たのは汗ばんだ首筋。それだけじゃない。白い首筋に残された随分と痛々しい鬱血痕だ。
「きゃっ……ど、どうしたんですか?」
「何だよこれ」
思わずぐ、と彼女のシャツを引っ張っていた。乱暴にした所為でボタンが一つ弾け飛んだ。露わになった首筋に顔を近付ける。それは明らかに動物や虫では無く''人間''に噛み付かれた痕だった。
「あーあ、随分酷くやられてんじゃん」
「ひゃ、弔さん……!」
「誰?」
「だ、誰って」
「これやったの。誰か言えよ」
……何だろうなぁ。俺以外の誰かがこいつに傷を付けた。自分を刻むかの様に痕を残した。その事にどうしようもなく苛々とする。胃がムカムカとして、破壊衝動が湧き上がってくる。
「おまえ彼氏でも居んの?で、DVでもされてる?つーか仮に彼氏でもないヤツにこんな事されてたとしたらヤバいだろ。そいつに許すのもどうかと思うけど。こんな鬱血痕、相当強く噛み付かないと付かないぜ?」
「っ、あ、あの」
「誰にされたのか言わないと……俺がもっと酷い事するけど、良い?」
鬱血痕の付近を舌で舐め上げると体に露骨に力が入ったのが分かった。困惑と不安を宿した瞳が俺を見上げる。
「言えるよな?」
「……この前幼馴染を怒らせちゃってしまって、その時に……」
「……へぇ」
幼馴染、つまりこの痕を残したのはあのナイトくんって訳だ。独占欲強そうな顔してたもんな。腹の中ドロドロそうっつーか、中々年季の入ったドス黒い感情を飼ってそうな感じだった。ま、長年こいつの幼馴染やってたらそうもなるか。
その''綺麗とは言い難い感情''を感じ取っていないなまえは痕が残るくらい思い切り歯を立てて噛み付かれたって、笑顔でそれを許して当たり前の様に隣に居続ける。変わらずに接してくれる。それを考え、思わず鼻で笑ってしまった。
地獄、だな。
幼馴染が残したという執着の証に唇を押し付ける。自分のカサついた唇とは対照的に柔らかな肌の感触にぞわ、と興奮に似た何かが込み上げてくるのが分かった。脳味噌を蕩かす甘い香りが鼻腔に広がる。……はぁ、こいつの匂いって本当に……何なんだろうな。フェロモンでも出てんのか?
「と、弔さん」
「何」
「擽ったいです……」
「消毒してやってんだから大人しくしとけ。痛くはしねーよ」
その言葉の通り柔らかな皮膚をちゅ、と甘く食んだ。鬱血痕を舌でれろりとなぞる。身を捩って俺の唇から逃れようとする彼女に「動くなよ?」と少し強めに言えばふるりと体を震わせて大人しくなる。
……ま、この首筋に噛み付きたくなる気持ちは分からなくも無いけどな。
まだ誰にも荒らされていない積もったばかりの新雪。自分の痕だらけにして穢してやりたくなるのは良く分かる。白には黒だけじゃなくて、赤も良く映えるから。
他人の付けた痕に上書きをするように何度か唇を触れさせる。滑らかな肌の質感を楽しみながら、舌で舐め、吸い上げ、それを繰り返していく。なまえの顔を見上げると、きゅっと瞳を瞑って唇に力を込めていた。薄っすらと上気した頬と、首筋に唇が触れる度にふるりと震える睫毛に視線を奪われる。……ガキの癖に妙に色っぽい表情しやがる。
苛立ちから始めたこの行為だったが気が付けばその感情は薄れていて、今の俺を突き動かしているのは『なまえの反応を見たい』という感情だけになっていた。
性欲なんてものは殆ど無いが、それでも全く無い訳では無い。良い反応をされればムラッとするし、普通に勃つ。つーかこいつ首筋舐められたくらいでエロい顔し過ぎなんだよ。視界が閉ざされているのをいい事に、首筋に舌を這わせながらなまえの顔を観察する。
睫毛長ぇな、だとか。紅潮した頬がエロい、だとか。そんな事を考えながら観察を続けて、最終的には必死に声を堪えようと噛み締められた桜色の唇に視線を奪われた。
一体どんな感触なのだろう。今触れている肌のように柔らかく、甘い味がするのだろうか。
つーかそんな事よりもその唇に食らいついたらどんな反応をするのかが気になる。
純粋に気になって仕方がない。
だから、顔を寄せた。今にも唇が触れ合いそうな距離まで顔を近付け、唇に親指を充てがう。びく、と肩が揺れた。恐る恐るといった様子で瞳を開けたなまえが驚きに瞳を見開き「弔さん、」と俺の名を呼ぶ。その声に混じってるのは恐怖か?不安か?期待か?まぁ、何でもいいや。
ーー悪ぃな''ナイトくん''。
もらうわ、こいつ。
(キスマークなんか付けるおまえが悪いんだぜ?)
(後、無防備過ぎるこの女もな)
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