前日の夜、寝る直前に盛り上がっていた話が原因に違いなかった。
発端は、チームメイトの今村遊大だった。一日のトレーニングを終え、就寝するまでの自由時間での出来事だった。今村が突然「女の子に会いたい!」と絶叫したのだ。サッカーを恋愛に置き換えてプレーする男が、限界を迎えた瞬間だった。
俺は、その鬱憤を発端としたみんなの恋バナを笑って聞いているだけだった。今村と違って話せるような恋愛経験はなかったし、好きな女の子もいなかったからだ。
それなのに。
夢に、学校で同じクラスだった女の子が、出て来た。
ただのクラスメイトのはずの俺と、その子は。
付き合って、いた。
◆ ◆
「やる気がねえならやめちまえ、このヘタクソが!」
怒鳴る雷市陣吾に、俺は言い返す言葉がなかった。受け損なったサッカーボールが、ラインを越えて転がっていく。
チームZでの連携確認のトレーニング中。俺がパスミスをしたのは、これで四度目だった。雷市がキレるのも当然だ。集中していれば起こさないような失敗ばかりだったからだ。
まずいことは、自分でもよくわかっていた。このブルーロックプロジェクトで生き残れなければ、俺のサッカー選手生命は終わるのだから。
──日本サッカー界に英雄を作る。そんな実験のために集められた、十八歳以下のフォワード三百名。俺はそのうちの一人である。
そして、二百九十九名を蹴落として最後の一人となった者は、世界一のストライカーになる。プロジェクトの指導者は、そう断言した。ここ青い監獄は、世界の舞台を夢見る者にとってチャンスであり、同時にサッカー人生のすべてを賭けた挑戦の場なのだ。
俺は、自分の未来を、運命を、このイカれた計画に賭けている。県大会決勝敗退。全国にも届かず、このまま無名の選手で終わるかもしれなかった俺が、自分の願いを実現させるには、千載一遇の機会なのだ。
──それなのに。なんてザマだろう。なにが日本代表、ワールドカップだ。おかしな夢を見たくらいで乱される、自分の不甲斐なさにほとほと嫌になる。
「悪い……切り替えるから、少し抜けさせてくれ」
「当たり前だヘタクソ。さっさと出てけ、ヘタクソ。ヘタクソはいるだけ邪魔だっつーの」
雷市の言う通りだ。ヘタクソと連呼されても邪魔だと言われても、反論のしようがない。苦笑いすら浮かばなかった。額の汗を拭って、俺はピッチの外で座り込む。
「はあ……」
うなだれてため息を吐いてみたけれど、頭の中に居座っている像は消えてくれなかった。
──世一くん。
それどころか、声まで再生されてしまった。
やさしくて、好意をたっぷりと含んでいる甘い声音。夢に出て来た子──クラスメイトの桑染園希さん──のそんな声を、俺は聞いたことがない。
というか、誰かからとろけるような声で名前を呼ばれたことなんか、一度もない。つまり、耳に残っているこの声は、俺の捏造なのである。
桑染さんとは、ほとんど接点がなかった。何度か席が近くになったことはあるし、話したこともある。でも、挨拶だったり、当たり障りのない、雑談とも言えないような内容だった気がする。
それなのに、どうしてあんな妄想たくましい夢を見たのか。おかげで俺のコンディションは最悪だ。
脳裏に桑染さんがちらつくせいで、サッカーにまったく集中できずにいる。焦れば焦るほど、集中しようとすればするほど、夢の中の姿が浮かんでくるのだ。意識的に無意識になることができないのと、同じ状態だった。
今村の話が発端だとしても、どうして接点の薄い彼女だったのか。それがわからない。わからないから気になるのかもしれない。
夢に出てきた理由がわかれば、集中できるようになるのだろうか。こじつけでも、無理やりでも、自分を納得させられるような、理由さえあれば。
「なんで、あんな夢を見たんだよ……」
くしゃりと髪をかいた時だった。
「俺もちょっと休憩ー」
蜂楽がピッチから抜け、俺の方へやって来る。その後ろでは、雷市がやいやい言っていた。
「どうした、蜂楽」
「俺はどうもしないけど、潔はどうしたの?」
隣に腰を下ろした蜂楽廻が、俺の顔を覗き込むように、黄色の瞳を真っ直ぐに向けてきた。
「どうって……」
「いつもより集中できてないし、なんかに悩んでる感じする。俺の気のせい?」
「気のせい……じゃ、ねーけど……」
そこまでわかりやすく態度に出ていたのか、と苦い気持ちになる。メンタルのコントロールも必要なことなのに、まったくできていないと痛感させられた。
「脱落するのが怖くなったとか?」
──ブルーロックから脱落したものは、二度と日本代表にはなれない。そういう条件が付けられている。負けが決まった瞬間、俺の夢は、サッカー人生は、終わる。
たしかに不安になったことはある。けれど、今俺を悩ませているのは、それとは関係のないことだ。
「いや……サッカーは関係ないんだけど」
「じゃあなにがあったの?」
「んだよ、やたらと食いつくな……」
「だって、今の俺たちって悩んでる余裕ないじゃん。集中できてなかったら、どうしたのかなって気になるよ。俺は、潔ともっとサッカーしたいから」
そう言って、蜂楽が笑った。なんの裏もない、俺をただ心配してくれている言葉だった。
なんだか、少し照れくさい。蜂楽とはここで知り合った仲だけれど、いいチームメイトだと実感する。
「俺にも言えないような悩み事?」
「うーん……そーゆーわけでもないけど……」
ちらりと蜂楽へ視線を向ける。明るい色の瞳は、続きを促すように俺を見つめている。強引に聞き出そうとはしないその態度に、話してみてもいいだろうか、という気になってくる。
一人で悩んでいるよりは、マシかもしれない。俺は慎重に口を開いた。
「その……さ。蜂楽は、好きな子とか、いたりすんの」
そう尋ねると、蜂楽の目がまんまるに見開かれた。意外、というような反応だった。そういう話だとは思わなかった、とでも言うような。
「──待った! 待った今のナシ!」
俺は急にはずかしくなってストップをかけた。口にした言葉は取り消せないし取り戻せないけれど、なかったことにできるのならそうしたかった。相談してみようとか思うんじゃなかった、と後悔の気持ちが押し寄せて来る。
「好きな子のことで悩んでたの? 潔、好きな子いたんだ」
「いや、好きな子とかそういう話ではなく……! 質問の仕方が悪かったというか、参考になるかなと思っただけで!」
しどろもどろに取り繕っている自覚はあったけれど、上手く誤魔化せるだけの冷静さはなかった。取り繕う必要もないはずなのに、どうして動揺しているのか。ただひたすらに、顔が熱かった。
人とこういう話をするのが、初めてなせいだ。他人の恋バナを聞くことはあっても、自分の話をしたことはない。だから、誤解されるような変な質問になってしまったのだ。
「ワリぃ、やっぱいい、なんでもない、大丈夫です。気にしなくていーから」
「そーもいかないって。サッカーに集中できないくらい、悩んでるんでしょ」
けれど、蜂楽は流すどころかいたって真面目に、俺の質問へ向き合った。
「えっと、好きな子だっけ? ……うーん、今のとこ、好きな子はいないかなー。ずっとサッカーばっかりしてたし、あんまそーゆーの考えたことないかも。潔はどんなことで悩んでるの?」
「なあ、もうこの話はいいから……!」
「じゃあ、なんで俺に好きな子いるか聞いたの? 好きな子のことで悩んでるからじゃないの?」
「だから、好きな子の話じゃないって言ってるだろ……!」
「そうだ。千切りんに相談しよーよ」
「はぁ?」
今度は俺が目を丸くする番だった。その提案では、千切にも俺の「悩み」を話さないといけなくなる。蜂楽に話すのもはずかしく感じたというのに、相談相手を増やそうというのか。
「いやいーから! マジでいーから! 千切にも迷惑だし!」
「だって、俺じゃあんまり相談に乗れそうにないし。でも千切りんはモテそうだから、そーゆーの詳しそうじゃん」
「それは、たしかにそーだけど……」
目の前のピッチに目を向ける。ちょうど、長い赤髪をなびかせて千切豹馬が駆け抜けるところだった。
チームZの韋駄天。フィールドをぶち抜く、飛びきりの俊足。真っ直ぐに前を見つめるその横顔は、絶対の自信に裏打ちされていてカッコよかった。
男の俺の目から見ても、そうなのだ。女の子からしたら、千切は相当カッコよく見えるだろう。蜂楽からのモテそう、という評価には俺も同意だった。
「千切ーん」
「あっ、ちょっ、蜂楽!」
俺がためらっているうちに、蜂楽は千切が足を止めた瞬間を見計らって手を振った。名前を呼ばれた千切が振り向き、怪訝な顔でこちらへ向かって来る。
「どうした、蜂楽」
「俺はどうもしなーい。どうかしてるのは、潔」
「おい、その言い方はないだろ!」
呼びつけられた千切は、黙ったままじっと俺を見る。深い赤色の瞳に見透かされるようで、俺は居心地が悪かった。
「俺も休憩」
俺から視線を外した千切はフィールド内のメンバーへ声を掛けて、すたすたとこっちへ向かって来る。俺、蜂楽と続いて三人目の離脱だった。雷市が「どいつもこいつもやる気ねーのかよ!」と喚いているが、マイペースなお嬢にはまったく響いていなかった。
「で、なにがあった」
俺と蜂楽と千切で三角を作るような形で座ると、新たな相談相手は速攻で切りかかってきた。単刀直入過ぎて、準備ができていなかった俺は口ごもる。
「いや、その、大したことじゃないんだって、ほんと」
「集中できてないんだから、大したなにかがあったんだろ」
「やっぱ千切りんもそう思うよね」
二人ともが、俺の不調を見抜いていたらしい。不調は誰の目から見ても明らかだったようだ。いよいよ言い訳のしようがなかった。
それでもまだ言いよどむ俺を、蜂楽はのんびりと、千切はじっと待っている。
チームメイトとはいえ、ライバルでもある相手のコンディションを気にかけるなんて、敵に塩を送るようなものだというのに。俺の「悩み」に付き合おうとしてくれる二人は、本当にいいやつらだ。そう心の底から実感する。
なら、俺もその好意にはきちんと応えるべき、なのだろう。俺も、二人の立場だったら同じことをしている。
こういう「悩み」を相談するのは、やっぱり気恥ずかしくある。でも、集中力を取り戻すためにはきっと、さっさと結論を出した方がいい。そのほうが、気分がすっきりするはずだ。
俺は、意を決して口を開く。
「……その、さ。千切って、好きな女の子とか、付き合ってる子とか、いる?」
恐る恐るうかがった俺に、千切は呆れたような表情を浮かべた。
「随分と余裕そうだな」
「はぁ? 余裕なんかねーよ!」
千切には、誰も追いつかせない脚がある。蜂楽には、テクニカルなドリブルだ。俺には空間認識能力という武器があるけれど、得点に繋げられるかというと、それだけではまだ弱い。脱落に近いのは、俺の方なのだ。
「じゃあなんでそんな質問が出てくるんだよ。ちなみに質問の答えは『いない』な」
「へー、意外〜」
「え、意外」
蜂楽と俺は、同じ反応をして千切の顔を見た。お嬢と呼ばれるだけある、中性的な顔立ち。「美形」に部類されるだろう造作は、女の子が放っておかないはずなのに。
二人からの視線を受けた千切は、めんどくさそうに少しだけ眉をひそめた。その表情は、年相応の少年らしさがあって、親しみを感じる。……やっぱりモテるだろう、こいつは。
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「だって、千切りんモテそうじゃん」
「そうそう。実際モテるだろ?」
「だからって、彼女がいるってことにはならないだろ。それに、そういうことにうつつを抜かす余裕はなかったしな」
苦い笑みを浮かべて、千切が右膝を撫でる。右膝前十字靭帯断裂。大怪我を乗り越え、爆弾を抱えたまま、今の千切豹馬はいる。
「で、俺を呼んだのはそんなことが聞きたかっただけ?」
「あ、悪い、脱線した。それでだけど、えっと……どこからどう話したらいいのかわかんないんだけど……」
「最初から全部話したら? 俺も詳しく知りたいし」
興味津々とばかりに、蜂楽が身を乗り出す。
「最初から全部、は、ちょっとはずかしーんですけど……」
「はずかしがってる場合か。それに、相談するなら伝える情報は多ければ多いほどいいと思うけど」
「うっ……」
二対一では分が悪い。話せ話せと詰められては、逃げようがない。それに二人の言う通り、相談をするならばすべて詳かに話した方がアドバイスをもらいやすいのもたしかだ。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。そういうやつだ。多分。
経験値の少ない俺が現状を打破するには、こうするしかない。俺は大きく息を吸って、腹を括る。
「……夢にさ、学校のクラスの女の子が出てきたんだよ」
「うんうん」
「クラスの女の子、ね」
「で、俺とその子は、ただのクラスメイト同士なんだけど……」
「なるほどなるほど」
「ただのクラスメイト、と」
「ただのクラスメイトのはずの俺とその子なんだけど、夢の中では、なぜか、付き合ってたんだよ……」
腹は括ったけれど、あらためて説明するとはずかしくてしょうがなかった。こんなにはずかしい思いをしたのは初めてかもしれない。そう思うくらいの羞恥心だった。こういう内容の夢でなければ、いくらでも話せるのに。
「なーんだ、やっぱ好きな子の悩みじゃん」
「なにが余裕ない、だ。悩み相談に付き合ってやろうかと思った俺がバカだった。そのまま自滅しろ」
「だから! 違うんだって! そういう関係の子じゃないんだよ……!」
肩透かしをくらった顔をする二人に、俺は吠えるように否定した。
「そーゆー関係の子じゃなかったから、戸惑ってるんだろうが……!」
夢に出て来た桑染さんは、本当にただのクラスメイトだったのだ。あまりしゃべったこともない。親しいか親しくないかで言えば「親しくない」になる程だ。
だから、どうして夢の中に出て来て、そういう関係だったのかが、わからない。
「ゴメンって。わかったから落ち着け」
仕切り直した千切に、俺はむすっとした顔を向ける。
「一旦整理するぞ。潔が集中できない理由は、見た夢が原因。そうだな」
「……そーです」
「その夢には、クラスの女の子が出て来た。で、その子とはただのクラスメイトなんだけど、夢の中では付き合っていて彼女だった。そういう夢だったから、意識してしまっている。──で、あってる?」
「……そのとーりです。的確な要約ありがとーございます、千切お嬢サマ」
まとめられると、大したことではないような気もする。けれど、まだ胸の内はすっきりしなかった。悩みが明瞭になっただけで、解決してはいないからだ。
「じゃあ潔は、どうしたらその子のことを意識しなくなると思う?」
千切が問う。概要がはっきりしたことで、状況も明確になった。その上で、俺の中でモヤモヤとしたものを取り払う方法。
「うーん……多分、なんでその子だったのか、ってところが一番引っかかってるんだよな……」
俺は散らかった思考を整えていくように、頭の中の考えを口にしていく。
「最初から好きな子とか気になってた子とかだったら、びっくりはしたかもしんないけど、多分それで終わってた。……と、思う。元々そういう子だったなら、夢に出て来ても、おかしくはないじゃん。でも、その子は本当に予想外だったんだよ。だから、動揺してる……んだろうな」
自分で出した答えに、なるほど、と納得する。予期せぬ出来事に混乱していたから、サッカーに集中できなかったのか。
「でも、意識してなかっただけで実はその子のことが好きでした! とか、そういうのだったりは?」
まとまりかけたものをひっくり返すように、蜂楽が指摘する。俺は腕を組んで首を捻った。
「うーん、ほんとフツーのクラスメイトだったからなあ。友達って言えるほど仲がよかったわけでもないし。なんなら、夢に出て来て『そんな子いたな』って思い出したくらいだぞ。それって、好きな子に対する印象としてどうなんだ?」
「案外、その子の方が潔のことを好きなのかもな」
「──は?」
突拍子もない千切の言葉に、俺はぽかんと口を開いた。
あの子が──桑染さんが、俺のことを、好き? なんでそんな考えが出て来るんだよ。
唖然とする俺の思考を代弁するように、蜂楽が疑問符を浮かべる。
「どーゆーこと?」
「潔はその子のこと、特に意識してたわけじゃないんだろ。でも夢に出て来た。ってことは、その子が潔に会いに来たんじゃないの、って話」
「──うっわ、なにそれ超ロマンチック!」
「いやいやいやいやいや、ありえねーだろ!」
俺は食い気味に否定する。夢は脳が見せるものだ。誰かが外から干渉できるようなものではない。もしそういうことができるのだとしても、霊感的な、うさんくさいものだろう。死んだ人が夢に出てきて、なにかを告げるとか。そういった話と同じだ。
「まあ、現実的ではないな」
千切は自分で言っておきながら、手のひらを返すようにあっさりとうなずいた。
「姉ちゃんのマンガに描かれてたことを言ってみただけだからな。そのマンガでは、夢に出て来る人は『自分が会いたい人』じゃなくて『自分に会いに来た人』なんだとよ」
「マンガの話じゃねーか!」
「でもおもしろくない? 俺、そういうのいいと思うけどな」
「俺はおもしろくねーよ!」
当事者ではない蜂楽はのんきなものだけれど、俺からしたらなんの解決にもなっていない。
だって、あの子が、俺に、会いに来た?
脳裏に、夢の中の姿が思い浮かぶ。
ベージュのカーディガン。見慣れた女子制服。膝が見える丈のスカート。紺色のハイソックス。俺より一回り小さい足を包む、ブラウンのローファー。
桃色の唇が開いて。
──世一くん。俺の名前を呼んだ、その柔らかな表情。
夢の中では彼氏彼女の関係だったから、そういう設定だと思って受け入れていたけれど。──彼女が、俺の、ことを?
「い──や、いやいやいやいやいや、絶対ありえねーって」
じわりと、身体の奥が熱くなる。俺は自分自身に向けるように言い聞かせる。夢は、俺の脳が見せたものだ。桑染さんが会いに来たなんて、そんなこと、信じられるわけがない。だって俺たちに、そういうことが起きてもおかしくないような接点は、なかったのだから。
「でも、確認したわけじゃないっしょ?」
「そうそう。その子がマジでお前を好きっていう可能性は、ゼロじゃないだろ」
他人事だからか、蜂楽と千切は「その子が潔に会いに来た」説を支持し始める。
「おもしろがってるだろお前ら!」
「だって、その方が断然ロマンチックじゃん。それだったら、潔が気にしちゃうのもわかるしさ。告白されたようなものでしょ? 夢の中ではあるけど」
「学校で会えないから、夢の中で会いに来たってことになるよな。だとしたら、相当お前のことを好きってことだろ。よかったな潔」
「だから、おもしろがってんじゃねえ!」
もう悩み相談になりそうにない。蜂楽と千切の間では、問題解決、悩み解消、という空気になりつつある。
「なんも解決してねーし、余計な悩みが増えただけなんですけど!」
「なんで? 告白されたんなら、付き合うか付き合わないかで終わりじゃん。どっちか選べばいいだけっしょ」
「待て蜂楽。オトモダチから、っていうのもあるぞ」
「あ、そっか。三択のうちどれかだね。潔、どーすんの? やっぱり付き合っちゃうの?」
「付き合うも付き合わないもオトモダチもねーよ! 告白されてねーって!」
夢の中で、告白は、されてない。なぜかすでに彼氏彼女の関係だったけれど。「好き」というようなことは言われなかった。笑って、名前を呼んだだけだ。そこに、あふれんばかりの好意が感じ取れたとしても。
「百歩譲ってだぞ、仮に、もしも、その子が俺に会いに来たとして、どうすることもできねーだろ。俺たちほとんど軟禁状態だぞ? たしかめられないんだから、適当なこと言って混乱させんでくれ」
スマートフォンは取り上げられている。外に出られる様子もない。スマホを取り返す手段も、外に出る手段もあるにはあるのだけれど、そのための条件は厳しい。俺では達成できそうにないのだ。
「なに言ってんだ。一つだけあるだろ。その子とすぐに連絡を取る方法」
「え」
チーム対抗戦で得点すれば、そのポイントに応じてスマホを返してもらったり外出権を得ることはできる。でも、それは得点力が高いやつでなければ実現できない。俺でも可能な連絡方法が、他にあったのか?
「リタイアしたら、ここから出られるだろ」
鮮烈な赤色のお嬢様は、にやりと笑ってそう言った。
「──そしたら俺のサッカー人生が終わるだろうが!」
「新しい人生が始まるかもよ? その子と」
「えー、俺はまだ潔に脱落してほしくないんだけどなー」
「リタイアするって言ってねーだろ!」
「しょうがない、蜂楽。恋は人をバカにするもんだ。潔がサッカーより恋愛を取ってもおかしくない」
「それもマンガの受け売り?」
「いや。テキトーに言っただけ」
「お前ら俺の話を聞け! 俺は世界一のストライカーになるんだよ、サッカーを辞めるわけねーだろ!」
吠えた俺に、蜂楽と千切が揃って不敵な表情を向ける。
「そうこなくっちゃ♪」
「じゃあなにがなんでも生き残るしかないな。ま、世界一になるのは俺だけど」
「いやいや千切りん、世界一は俺だから」
「ハッ、言ってろ」
俺を放っぽって張り合い始めた二人に、がっくりと肩を落とす。結局俺の悩みは解決していない。それどころか、ひっかき回されて余計にぐちゃぐちゃにされたような気がする。
「お前らに相談なんかしなきゃよかった……」
「そう言うなって。お前がサッカー続ける気なら、答えは一つだろ。『一旦保留』だ」
「そーだよ潔。まずは目の前のことから、っしょ!」
励ますように、二人が俺の背中を叩く。無責任な激励だった。
悩みは解消されず、むしろさらなる混乱と動揺を与えられた。けれど、千切と蜂楽が言うことは、その通りだった。
俺がここにいる理由。それはなににも誰にも譲れないものがあるからだ。自分の人生を賭けるくらい望むもので、こんなところで立ち止まっている余裕はない。
「はあ……。なんの解決にもなってねーけど、でも、お前たちの言う通りか……」
自分の現在地点を再認識をしたら、不思議と肩の力が抜けた。目が覚めてからずっと胸の中に立ち込めていた靄が、ゆっくりと晴れていく。
俺には叶えたい夢があって、そのためにやるべきことが山ほどある。
まだ、彼女の表情も、声も頭の中に浮かぶ。でも、もう軸はブレなかった。
「もう大丈夫そうだね」
「まったく手のかかるやつだ」
蜂楽と千切が立ち上がる。挑発的な視線で「行くぞ」と促される。気はずかしさを感じながら、俺も続いて立ち上がる。
目の前には広がる緑の芝。今の俺が立つ場所。世界一に続いているピッチ。
「蜂楽、千切。サンキューな」
ラインをまたいで、ピッチに戻る。──世一くん。彼女の姿が頭に浮かんで、ふっと消える。
夢に現れた理由はわからない。本当のところは、俺の脳が気まぐれに見せただけなのだろう。千切が言い出し蜂楽がロマンチックだと支持した説を、俺はあまり信じていない。
でも、もし。本当に、会いに来てくれたのだとしたら。夢の中での表情が、声が、本当だとしたら。
俺がこのブルーロックを勝ち抜いて、世界一のストライカーになったあかつきに、会ってたしかめようと思う。
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