馬鹿にしてるんですか?

「あ、涼くん」
聞き慣れた声に呼ばれて振り返る。にっこりと笑顔を浮かべた柚先輩は、中学・高校と同じ部活で1つ上の先輩だ。
友だちに断りをいれて、駆け寄ってきた。
「今日の部活外、自由だってさっき言ってたよ」
「わかりました」
「私は行くんだけど、京くんはどうする?」
「たぶん、行きます」
一気に顔を明るくして、またもにっこりと笑う。年上とは思え無いほどころころと変わる表情が自分には無いもので眩しく見えた。
「じゃあ、つぎ移動教室だから行くね」
「はい」
くるりと踵を返して歩いていく。少し離れたところで、俺も教室に戻ろうと歩きだそうとした。
「涼くん!」
またも大きな声で名前を呼ばれて振り返れば、小走りで戻ってきていた。何か言い忘れたことでもあったのだろうかと彼女の方へ近づく。途端、柚先輩が足を滑らせた。
咄嗟に手を伸ばし、体を支える。俺にかかった体重が思った以上に軽く、掴まる細い腕に驚いたのを隠すように呆れた表情を作れば、柚先輩は困ったように笑った。
「びっくり、した」
「びっくりしたのは俺です」
ごめんね、と謝り体勢を立て直したのでそっと手を離す。
「涼くん、意外と力あるんだね」
「馬鹿にしてるんですか?年下とはいえ、男ですから」
ひ弱そうに見える。とでも言いたいのだろうか。ため息をつけば、へへっと誤魔化しながら笑われた。

「それで、何かあったんじゃないんですか」
「あ、うん。明日のお昼一緒に食べようって」
にっこりとまたも満面の笑みで告げるが、焦って言いに来るような内容じゃ無かったことに、またため息が漏れる。

「それ部活のときで良かったんじゃないですか」
「さっき思いついたから」
「わかりました。とりあえず、気をつてけ教室に行ってください」
「ん、わかった」
「また部活の時にききますから」
「うん、じゃああとでね!」
ぶんぶんと手を振り歩いていく柚先輩に小さく手を振り返せば満足したのか、小走りで教室へ向かっていった。
つまづいて転びそうになったばかりで気をつけろと言ったのに、まったく。


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