おにぎり噺


生存確認用。おにぎりの噺はしません



おにぎり根多帳

2019/09/25 00:33

数馬と暗殺者
あなた=**


**は一人で漬け物屋を営んでいる娘である。朝早くに仕入れた野菜を毎日漬け込んでいる。趣味がきっかけで始めた店だったが評判もよく、町では土産にも人気があった。

しかし**には誰にも言えない秘密があったのだった。

「あっ、いらっしゃい。数馬さま」
「やぁ、**さん。今日のおすすめ、あるかな?」
「しそ梅と、あとは・・・新作の白菜ね。ちょっと辛いの。おむすびとかにぴったりよ」

**はやってきた常連の男、三反田数馬に漬け物を少し小皿にのせて持ってきた。彼はお礼をいってその漬け物を一口入れる。白菜は甘くつけられており、唐辛子の辛味が実に美味だ。

「うん。美味しい。これ二つ、もらうよ」
「はいよ」

**は笑顔で小壺に漬け物を入れて蓋をとじ麻紐できつく結ぶ。数馬が小銭を渡して風呂敷に小壺を包んだ。

彼がこの漬け物屋にくる理由は、漬け物を買いにいく以外に理由があった。それは**に会うためだ。
数馬は目の前の今にも崩れそうな華奢でしなやかな体つきをした**を見過ごせなかった。彼女は誰にでも優しく、思いやりに底がない。そんな神聖ささえ感じる**を自然と数馬は心惹かれていったのである。

それから漬け物がなくなっては彼女の店に顔を出すようになっていた。

「貴女の漬け物は本当に美味しいよ。友人にも持っていったら大層喜ばれました」
「あら、まぁ、本当ですか?嬉しいですわ。作り甲斐があります」
「でも、**さん、一人で仕事をしてるでしょう?困ったこととか、ないかな?」

この言葉は彼女と接点を持ちたいとか、もっと話したいとか・・・普通の男であれば下心をもっているからであろうかける言葉だが、数馬は本心からその言葉をかけていた。彼はなんにでも驚くほど優しかった。**も、数馬のそんな人柄を好いていた。

「数馬さま、毎回お聞きになるのですね」
「うん、女性が一人ってだけで心配だよ。ここは人通りも多いけど、その分物騒だから」
「ありがとうございます。でも、ご心配は無用ですわ。皆さん私に優しくしてくださるもの」

**は笑顔で答える。実際に隣人は**に優しい。それに、**自身、そう簡単に襲われない理由があるのだ。それを自覚しつつも花がこぼれるような憂いのある微笑みを数馬に向ける。その美しさに数馬の胸は高鳴った。彼はいつも不遇な目に遭う運命の持ち主だったが、このときばかりは幸せだった。

「そうか。なにあったら、僕に言ってください。いつでも役に立ちますから」
「本当に数馬さまはお優しいのね。私、数馬さまにお会いできて幸せです」
「そんな、大袈裟な・・・自分はそういう性分なんです」

数馬の言葉に**は包帯を巻いた手を上げてくすりと笑う。

「大袈裟ではありません。私、このお漬け物屋をやってなければ、数馬さまに一生会えなかったと思います」
「え?」

何気ない言葉だったが妙に数馬はその一言が気になった。聞き返した時、店内に男が入ってきた。優男風の小柄でひょろりとした男。数馬は客が来たと挨拶もそこそこに立ち去ろうとしたが、立ち止まる。そして男を一瞬で観察した。

(この男、胸に何か隠しもってる・・・)

「しそ梅と高菜をくれ」
「はい」

**はいつもの様子で壺に漬け物を移していく。数馬の目からみて**は男の異変さに気づいていないようだ。そして金を受け取ろうと男が懐から出したのは小刀だった。数馬はとっさに声をあげる。

「逃げて!」

しかし男は目にもとまらぬ速さで一瞬の動きで**の胸へと刃を向けたが受け流すように身体を反らし男に隙ができた。まさか避けられるとは思わなかった男。その腕を**は掴み容赦なく捻る。悲鳴をあげたのは男の方だった。

「**さん、これは・・・」

**には微かに冷たい殺気が漂っていた。男の横腹を蹴り倒し、倒れた男に**は感情を込めずにいい放つ。

「ここは店のなかだ。これ以上騒ぎを起こすと、容赦はしないよ」
「!」

微かな殺気だったが、それは町の中だからだろう。本気だろうと思った男は恐怖し、黙って後ずさり、立ち上がって店から走り去った。数馬は目の前で起こった光景に言葉がでない。いなくなった男を見送って、**はなにもなかったようにいつもの笑みを浮かべた。

「そういうことですわ」

そういって奥へ戻ろうとする**に我に帰った数馬は引き留めた。

「・・・え、あ、あの、貴女は、何者なのですか?」
「私はただの漬け物女です」
「ただ漬け物をつける人があんな動きするわけないでしょう!」
「数馬さま、私の事が、怖いですか?」

視線をそらし、悲しそうな**の横顔を見て数馬は黙る。

「お嫌いに、なりましたか?」
「そんなことはありません。嫌いになんてならない。**さんはなにもしてないでしょう?」

数馬の言葉に**は自嘲めいた笑みをこぼす。**はなにも知らずに自分に優しくする数馬に、自分のことを語ることにした。

「私は暗殺者だったのですよ。数馬さま。玄鳳という部隊で、十五の時からです」
「玄鳳・・・」

数馬はその組織の存在を知っていた。彼らは忍びではないが、姿も見せず事故死、討死、病死に見せかけてあたかも不慮の死であったかのように、事も起こさず暗殺を図る人殺しのプロであった。その性別、歳なども未知数だ。そんな存在が今、数馬の目の前に立っている。

「一年前、小さな子どもを・・・巻き込みました。仕方がないものでした。でもその瞬間、私は全てが嫌になったのです。私の過去の全てが無意味でした」

かすれた声で淡々と語る**。その感情は無に近かった。

「私はその全てを捨てて、ここに来ました。こんな罪だらけの私に皆優しくしてくれます。なにもしてないなんて、そんなことはないのです。あんなことをされるのは、当然のことなのですよ。数馬さま」

**は数馬の名前を呼んで胸が張り裂けそうになる。初めて人を好きになった人に、嫌われるであろうと思ったからだ。数馬は多言はしないであろう。表面では優しく取り繕うだろう。しかし、心では軽蔑し、怖れ、無縁になってしまうと**は思った。

「そっか。**さん、そうだったのか」

数馬はその事実を受け入れた。彼女の慈愛ともいえる微笑みの裏にはそんな事情があったのだと、数馬は理解した。そして自分はつくづく運命を恨んだ。初めて心から愛した者が元、人殺しのエキスパートなのだ。

しかし数馬は軽蔑しなかった。怖れたりもしない。ただ、彼女のそばにいたいと思ったのだ。

「何かあったら、僕を呼んで?絶対に、僕を」
「数馬さま?」
「もう、そんな思いはさせませんから。今も昔も、**さんは優しいよ」

**は数馬をはたと見上げた。彼は自分の正体を知ってまでも自分の全てを受け入れたのだ。その優しさに**は妙な気持ちになった。怖いほど優しい、というのは彼のことだと思った。

「貴方に危険な目はさせられません・・・」
「大丈夫、ぼくもやわじゃないんだ」

数馬は微笑んだ。自分の素性を明かすと**は驚いていた。もともと影の薄い数馬の存在。さすがの彼女も数馬の正体は見破れなかったのだ。

心から好いた女性が、一番恐ろしい存在であった数馬は、不運なのか幸運なのか、なんとも言えない気持ちになるのだった。そして、彼女の身の回りで起きる事件に、数馬が巻き込まれる事態になるのも、時間の問題であった。


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