おにぎり噺
生存確認用。おにぎりの噺はしません
おにぎり根多帳2019/12/12 20:55
隣の隣の土井さん
土井先生のお話の始まりの部分。
あなた=**
隣のおばちゃんに、私の隣の隣にすむ土井半助さんという人をよく聞く。土井さんのことを話す隣のおばちゃんはいつも楽しそうだ。帰るたびに騒がしいだの、町内会には参加しないだの、家賃を払い忘れるだの、私が聞く限りは土井さんの印象は悪い。だけど不思議なことにおばちゃんはそれでも嬉しそうに笑っているのだ。
「手のかかる人なの。ほっとけないのよぉ」
「おばさま、優しいですね」
そんな印象最悪の土井さんに対しても平等に接するおばちゃんにそう言うと嬉しそうに私の方をばしばしと叩いている。
「**ちゃん、独身でしょ?あなたみたいなしっかりした娘と半助が一緒になればいいのねぇ!絶対にお似合いよ」
「ええ?土井さんと私が?いや…」
帰ってこず町内会には参加しないし家賃も払わない土井さんと私がお似合い?私は自分の行いを振り返る。私は毎日家には帰るし町内会には参加するし家賃も払っていて毎回大家さんにも挨拶だってしている。土井さんとは真反対なのに。
「聞く限り、土井さんはかなり荒れてる方ですよね?私、最後に会ったのは去年の年明けでしたし。今は全然会いませんし」
「**さん、キャリアウーマンよねぇ。半助とあまり話したことがないのなら、一度会わせてあげるわよ!!」
おばちゃんは私の懸念を無視してそんなお節介を焼いてくる。正直迷惑だったがこのおばちゃんは一度決めたら話を聞かないので私は適当に流すことにした。土井さんは帰ってこないことが多いらしいし、こんなことをいうが私と時間も合うことはないだろう。
・・・そう、合うことはないのだ。
私はおばちゃんと別れ部屋に戻りながら考える。私はこうして平凡にキャリアウーマンをしているがその仕事とは実は剣士の仕事だった。私はここから東に離れた小さな城、神代城に仕える女剣士。一昨年までは浮浪の女剣士だったのだが、ひょんな縁から神代城の家老と知り合い、剣士として雇われることになった。
契約は朝から夕方まで。休みは週休二日制。残業代はきちんと出るし保険は雇用も健康、労災、介護もあり賞与も払われるしさらに住宅手当までつくのだ。小さな城にしては福利厚生は非常にしっかりしていたし、私は自分の腕も振るえる今の仕事に満足している。
女剣士ということは周りには秘密にしており、おばちゃんや大家さんには城務めの派遣女中と言う事にしており、身の上は明かしていない。
なのでそんな私と素行の悪い土井さんとはまったく会わないことは当然なのだ。私は外で昼餉の支度の為に外に出て井戸の近くで大根や山菜を洗っているとそこから少年が何人か駆けていった。町の子どもたちだろうと私はちらりとその背中を見て微笑んだ。平和な風景にほっこりしているとさらに後ろから大人の男が歩いていた。見たことのあるような、ないような男。
「どいせんせー!はやくはやく!!はやくってばー!!」
土井先生。誰のことだろうとぼんやり見ているとその男が声を出した。
「そんなに大声を出すな。おばちゃんや、大家さんに怒られる」
げんなりとした顔で土井先生と呼ばれた男は通り過ぎていく。土井先生?と私はもう一度考えた。まさか、さっきのが先程おばちゃんと話していた土井さんなのか?
「先生だったんだ」
私がおどろいていると男は私の前でピタリと足を止めた。そして申し訳なさそうに会釈する。
「すみません。私の教え子たちが騒いでしまって。」
「あ、いいんです。先生をされてるんですね」
「そういえば、隣の隣の方ですよね?最後に会ったのは〜」
土井さんは思い出そうとして腕を組んだ。私はその答えを続けた。
「一昨年の冬です。私が越してきた年の」
「あぁ、そうでした。**さんですよね。いやぁ、あれからずっと挨拶できなくて失礼しました」
「いえ、土井さんは・・・お忙しいみたいですし」
私がそういうと土井さんはますます申し家なさそうに腰を折る。
「あはは、たまに帰ってきてはいるのですがね、何分問題の生徒が多くて」
そんなことを話してると土井さんの部屋から男の子が走って土井さんの側へと寄ってきた。
「土井せんせい!何もたもたしてるんすか!早く部屋の掃除と飯の支度!」
くいくいと土井さんのそでを引っ張る男の子。一瞬息子さんかと思ったが「土井先生」と呼んでいたので教え子だろう。そういえばおばちゃんに少し話を聞いたことがあるな、と私はうっすら思い出そうとしていた。
土井さんはわかったわかった、とその男の子をなだめて進み始める。
「**さん、またご挨拶に伺いますので。では私はこれで」
「あ、はい」
遠ざかる土井さんの背中。私は想像していた土井さん像が崩れていく。もっとガラの悪い大人を想像していただけに実際の土井さんの態度や所作は普通、寧ろとても丁寧だったからだ。しかし、妙な気配も感じていた。
土井さんて、なんか隙がないな。
私は土井さんが普通の先生には見えなかったのだ。たとえあの背中を槍で突こうとしても、必ず避けられてしまうだろうと直感で理解したのだ。
「ま、気のせいよね。普通の人にしか見えなかったし」
わたしがきっと仕事のし過ぎで過敏になっているだけだろう。今日は休みだし、気をしっかり抜かなくては。そう思い直してわたしは再び食材を洗い始めた。
この時は、私は何も知らなかったのだ。土井さんのことも、あの子どもたちのことも。それから数日後、私は隣のおばちゃんが言っていた事をすべて体験する事になるのだった。そして私の生活も、それを機に変わっていくことになる。この話はそんな物語のきっかけに過ぎないのだ。
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