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すみれは薄い霧のかかった落城したぼろぼろの城を眺める。ここは朝は必ず曇り、薄い霧がかかる。周りは鳥の声すら聞こえずしんとした朝を迎える。すみれは自分の住む骨董屋「川村堂」の前を掃除する。足元からひんやりした風が通り、すみれは身震いした。

「まいったなぁ・・・」

骨董屋の鑑定士、川村源四郎は一つの折本を前に悩む。掃除を終え、戸を開けたすみれは師匠である源四郎の困り果てた様子に呆れていた。

「源四郎師匠、またいわくつきの物を引き取ったんですか?」

「うん・・・これ、かの有名な法師、清常定の書いた写経なんだけど」

すみれはその名を聞いたことがあった。清常定は信仰深い法師で元は武士だった。彼の書いた写経は美術品として取引され愛好家も多い。

「清常定は本当に美しい文字で写経していますよね。まるで吸い込まれそうなほど魂を感じるものが多くて・・・でも、何で困ってるんです?良いものなのに」

唸る源四郎。これを引き取ってほしいと言った若い侍から、なぜ名品を手放すのか、と源四郎は引き取る際に聞いてみた。

『それは恐ろしい写経です・・・お陰でその写経を目にした武士は食事もとらず、夜も寝ず、ついには病にふせました。これを貴方に引き取ってもらう際にも彼らから何度も引き留められました。こんな恐ろしいもの、いくら清常定のものであろうと必要ありません!』

そういって押し付けのように源四郎に写経本を渡す。また、そんな怪しいものを引き取るなど断れば良いのに、困っている人を見捨てておけない性格の源四郎はそれを高値で買い取ってしまったのだった。

「もー!そんなものばっかり買い取るから『呪いの川村堂』なんて言われるんですよ!」

「すまない・・・」

11歳の弟子に言われ怒るわけでもなく素直に謝る源四郎。彼は鑑定士として感性や目利きも鋭く評判が良いが、いわくつきのものばかりこうして買い取ってしまうのだった。お陰で川村堂は呪いやらの怪しい古美術ばかり並んでおり、滅多に人が来ず、呪術士や変わり者しかやってこないのだった。

「あのぅ・・・すみません・・・」

そんな風にすみれが言っていると後ろから弱々しい消え入りそうな声がした。すみれが振り替えると真っ青な顔をしたすみれと同じぐらいの少年がぼうっと立っていた。

「わっ・・・な、なにかご用ですか?」

すみれはその少年の雰囲気に驚いた。まるで幽霊のような、鬼火が漂うような気がする程、陰気な少年だった。

「ここに、骨董屋があるって・・・聞いたんですけど・・・」
「骨董屋?だったらここですよ。こんなところに骨董屋があるのはうちだけですから」

少年がそうですか、と呟き胸から一枚の文を取り出した。それを差し出してすみれに言う。

「これ、忍術学園大川学園長から託された手紙です・・・僕は学園の生徒で下坂部平太と申します・・・」

それを聞いた源四郎がぱっと笑顔になり、少年の元まで行き手紙を受け取った。

「大川様からですか?久しぶりだなぁ。お元気でいらっしゃるかな」
「大川様?」

すみれが源四郎の元に弟子入りに来たのは一年前からだ。大川という聞きなれない名前に首をかしげた。
「大川様は忍術の学校の学園長をされてらっしゃるんだ。その道では高名なお方で、私も何度か大川様に古美術を買い取っていただいたことがあるんだよ」

「で、では、私はこれで失礼・・・しますので・・・うう」

役目を果たした平太はそのまま帰ろうとするがそれをすみれは引き留めた。
「あ、ねぇまってください下坂部さん。せっかく来てくれたのにそのまま帰っちゃうのもなんだし、休んでいってください」

そういってすみれは台所へいき、湯を沸かしお茶と饅頭を用意する。平太はその言葉に甘えることにして店にあった長椅子に腰かけた。しばらくするとすみれが茶と菓子を運んできた。

「あの、ありがとう・・・」

しかし平太はおどおどした様子だ。心配になったすみれは声をかける。

「どうしたの?」
「・・・帰るのが・・・怖くて」

源四郎とすみれは平太の言葉の意味がわからない。どうして?と聞いてみると平太は涙目で答えた。

「一人でお使いするのが、怖くて・・・この道、なんか霧が深くて、すごく静かで・・・誰かに見られてるような気がして・・・僕怖くて走ってここまで来たんです」

また帰りに道にそこを通ることが怖いらしい。たしかにここの下り坂は朝は不気味だ。しかし昼になれば霧も晴れ暖かくなることが多い。

「昼になれば晴れるから、それまで休んでいったら?ねぇ、いいですよね?源四郎師匠!」
「うん。私は構わないよ。ゆっくりしていってくれ」

すみれは平太にそう笑いかける。すみれが源四郎の弟子になってから同じぐらいの子と遊ぶ機会は減ってしまったので、気軽に話せる相手が来たことが嬉しかった。平太はすみれの笑顔を見て、慣れない女の子に少し照れた様子だった。

「う、うん・・・ありがとう・・・」
「私、すみれっていうの。鑑定士になるために源四郎師匠のところに弟子入りしてるんだ」

「ぼくも見習い・・・忍者になるために学園で勉強してるの・・・ぼくのことは平太で・・・いいよ」

すみれは忍者という存在はしっている程度のものだ。忍術の学校があるなどは今日初めて知ったことだ。
 しかしこの平太という男の子。本当に暗い。話し方はぼそぼそと陰気だし顔色も真っ青だ。すみれは怖いものや暗いものが苦手なので彼とは真夜中に出会ったら恐怖だろうな、とひっそり思った。

「でもここはなんだか居心地がいいな・・・ひんやりして適度に暗くて・・・ろ組の皆も喜びそう」

にたり、と不気味に笑う平太。ぞぞっと悪寒がしたのはこの店のいわくつきの品の効果だけでは無いだろう。

「あれ、なに?」

平太は机に置いてある写経の折り本に目が止まる。源四郎が買い取った清常定の写経本だ。

「美術品。うちは骨董屋だから、古美術を買い取ってるんだ。あれは有名な法師の清常定の写経本だよ」
「平太くん、これの良さがわかるかな?」

そういって源四郎はその写経本を開く。そこには紙の白地がほぼ見えないほど細かく、びっしりと書かれた般若心経の文字が達筆に描かれていた。

「なんか、見てて吸い込まれそうです」

平太はその写経に見とれる。文字の先までじっと見つめていると頭にふと知らない景色が浮かんだ。薄暗い部屋で明かりをつけ何かを書く年老いた法衣を着た男の背中姿だった。

「?」
「どうしたの?平太くん」

平太はすぐにはっとしてすみれと源四郎を見た。一瞬の出来事だったので、平太は先程浮かんだ光景は気のせいだと想った。

「ううん。なんでもない・・・」
「では私も昼までには文の返事を書くので、平太くん、それまでくつろいでてよ」

「はい・・・」



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