:家庭教師ヒットマンREBORN!
:沢田綱吉


ひと気がとっくになくなっている下足室の段差に座り込み、しとしとと降り続く雨を斜め上に顔を上げて見つめる。もう暫くの間そうしていたが、そろそろ濡れて帰る覚悟が必要かもしれない。今朝はあんなに太陽が輝いていたのに。止むどころか段々と強くなっているんじゃないかと思えたオレは、自然と深い溜め息を溢した。
だから雨は嫌いなんだ。

「あれ、綱吉だ」
「ん?依泉!」

後ろから声を掛けてきたのは、幼馴染みの依泉だった。係の仕事でもしていたのか、部活動の無い生徒としては随分と遅めの下校だ。

「こんなトコで何してるの?もしかして傘、ないの?」

靴を履き替えて隣に来た依泉は、オレの状況をズバリ言い当てる。う゛、と唸ったオレの心中はいつものダメっぷりが相乗し恥ずかしさで最早泣きたい気持ちが占拠していた。

「止むの待ってるんだけど」
「……夜まで止まないらしいよ」
「え!?そんなぁ……!」

いよいよ本格的に走って帰らないといけなくなってきた。明日は風邪で休めるかもしれない。なんて有り難迷惑な。

「世話焼くなぁ……ほら、入れたげる」

思考が働くまでもなく気付けば「いいの?」と手招きをする依泉に聞き返していた。

「置き去りにする訳にもいかないでしょ」
「……あ、ありがと」
「どーいたしまして」

なんとかひと安心しながら依泉に続いて玄関までの短い道のりを行く。依泉が蜂蜜色の傘を開くのをぼうっと見ていると、早く入れと呼び掛けられる。そうして二人で横に並んで、やっと帰れると歩き出した……けど


ズベシャァアッ


地面に何かが擦り付けられた、派手な効果音がなる。ゆっくりと歩いていただけだったので、勿論オレの発した音ではない。が、隣で同じくゆっくり歩いていた筈の依泉は見事にスライディングしてしまっていた。簡単に言えば、こけた。

「なっ、え……大丈夫!?」

どうすればそこで転けるのか。理解に苦しむところはあるが、確かにオレと同じく依泉はドジだった。幼馴染みって性質が似たりするものだろうか?
歩くスピード以上にゆっくりと起き上がった依泉の服は水溜まりに突っ込んだのか、今更傘をさした所で既に手遅れな程で、本人に至っては膝を小さく擦りむいてしまっていた。よりによって今日、保健室の先生は出張と聞いた気がする。

「あ……あはは…………痛い」
「もう……ほら、乗って」

しゃがんで依泉の方に背中を向ける。傘を持っていた人物がそのまま転倒した事により、オレもそれ相応の見て呉れをしていたので、気にせず地面に片膝をつけた。何か迷っているのか少しの間依泉からの反応は無く、もう一度声をかければようやく背中にかかった重みに、オレは立ち上がった(重みと言っても、想像していたよりそれはずっと軽かった)。

「……ありがと」
「全く……さっきオレに世話焼かせるなとか言ったばっかなのに」

ブツブツ文句を垂れながら、いつもより重い帰路を進む。傘に跳ねる雨音が、何だかオレ達以外此処に誰も居ないように思わせた。

「言ってないよ?世話焼くなって言っただけで焼かせるななんて言ってない」

残念ながらその違いを聞き分けられなかったオレに、依泉は全然違う!と必死になって否定した。

「だって私、綱吉の世話するの嫌じゃないもん」
「なっ……何言ってんのー!?」

依泉の言葉に思わず叫んでしまう。女の子の癖に何の恥ずかし気もなく変な事を言うもんだから、オレの方が参ってしまう。多分今、顔赤いんじゃないかなあ。

「何って……本心だよ?でも、こんなの出来るのって幼馴染みの特権だよね」

ケラケラ笑いながら言われた台詞に、胸の奥が小さく痛む。
幼馴染みって本当に厄介だ。やっぱり依泉はそういう見方なんだろうし、オレがどう思ってるかなんて気付きもしない。

「……依泉、あのさ」
「ん?」
「依泉はオレの…………やっぱ良いや」

問い掛けそうになった質問をぐっと押し戻した。別に今言う事じゃない。自己完結していたそれは、依泉にとって意外だったらしく「何それ」と聞き返してきた。大した事じゃないからと言えばそれ以上の詮索はされなかったが、代わりに今度は重い沈黙が訪れた。もしかして、怒った?

「依泉……?」
「なに」
「あの、怒ってる?」
「……」

うわぁ、これ絶対怒ってる!依泉って半端な事嫌いだもんなあ。

「依泉……うわっ!」

もう一度声をかけようとした時、ふいに背中に乗っていた重みが自分以外の体温と共に消えた。それに何となく物寂しさを覚えていると、目の前に依泉の姿が映った。

「全然!怒ってないよーっ。綱吉っ大好きだ!」

大好きな満面の笑顔を浮かべて、言われた言葉にオレは雨で冷えた筈の身体が熱を持ったのを感じる。

「はぁ……っ!?」
「じゃ。もう家すぐそこだから、此処まで背負ってくれた綱吉君にこれを授けよう!」

そう言って依泉は真っ赤な折り畳み傘をオレの手の上にぽん、と乗せた。

「ありがと。ばいばい!」
「……うん、ばいばい」


「傘……ふたつ持ってたんだ」
言うだけ言って去っていく後ろ姿を、オレはただいつまでも見つめていた。


たった一言

大した事じゃないなんて本当は嘘だったんだ。口にする勇気が無かっただけで、依泉にとってどうであろうと少なくともオレには凄く重要な事で。この気持ちが続くならいつかは伝えるべき言葉。なんだけど。

“綱吉っ大好きだ!”

もう少しこんな風に兄弟みたいな関係でも良いかな。なんて思ったのも、この時は確かに本当だったんだ。


執筆2007.12.30.sun
加筆2009.03.06.fri

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