ボロボロになったピカチュウとサトシと共に野原に林を抜けて、なんとか隣町であるトキワシティに着いた頃には空はすっかり茜色となっていた。

町に入ってからポケモンセンターへの道中で、ボロボロになったポケモンをモンスターボールに入れもせず抱えて急ぐ私達の姿は最近流行りのポケモン誘拐事件の事もあって怪しまれたらしい。ちょうど交番の前を通り過ぎようとしたところ、女性警察官、ジュンサーさんに待ったをかけられてしまった。
身分を証明する物の提示を求められたが、そんなものは咄嗟に思いつかない。怪我はしているものの肩を貸さなくても自分で走れるくらいに意識のしっかりしたサトシに視線で聞くも、困り顔で首を振られる。がさごそと2人でポケットやカバンを探っていると、何かに気付いたジュンサーさんが「それよ!」と声を上げた。

「あるじゃない、ポケモン図鑑!ちょっと貸してね」

サトシの上着のポケットからはみ出していたポケモン図鑑を見て、眉間に皺を寄せていたジュンサーさんはパッと表情を明るくさせた。そしてそれを受け取るなり、かちかちと図鑑を操作して、こちらにも見えるよう画面を傾けた。

≪このポケモン図鑑を、サトシ君に贈る。目指せポケモントレーナー!なお、ポケモン図鑑盗難・紛失の際、再発行はできないので、注意するように。マサラタウン、オーキド博士より≫

画面に持ち主であるサトシの写真が映っており、同時に機械音声がそう発した。どうやらポケモン図鑑は身分証明の役割を果たすらしい。これは無くさないよう注意してもらわないと。

「そんな訳で失礼します!行こうサトシ!」
「待ちなさい貴方たち。ポケモンセンターに行くんでしょ?ここからだとまだちょっと距離があるのよね……こっちいらっしゃい!」

容体が悪いのに引き留めたお詫びだと言って、ジュンサーさんが特別にバイクで送ってくれることになった。
タンデムシートに私を、サイドカーにピカチュウを抱えたサトシを乗せて、薄暗くなりつつある道路を猛スピードで突っ切る。
しまいには建物前の短い階段に乗り上げて、ポケモンセンターの中にまでバイクで乗り込んでしまった。自動ドアの反応がもう少し遅かったら、大変な事になっていたに違いない。バイクに乗った瞬間からのこれまでのスリルに心臓をバクバク言わせながら、座席からゆっくりと降りる。遊園地のジェットコースターよりも断然怖かったのは、サトシも私同様悲鳴を上げていたのできっと大袈裟じゃない。

「事態を手短に」
「大怪我ポケモン、宅配!」
「お願いします!」

受付にいたポケモンセンターの管理者でありドクターであるジョーイさんに、サトシがピカチュウを差し出す。

「あの、ピカチュウちゃんと元気になりますか?」
「大丈夫よ、必ず治すから任せておいて。……あら、貴方シイナちゃんじゃない?久しぶりね」

ポケモンセンターで助手を務めるポケモン、ラッキーによってストレッチャーに乗せられたピカチュウが治療室へ移送される。治療の準備をするジョーイさんへ恐る恐る話しかけると、にこりと安心できる笑顔で返された。そして次の瞬間目を丸くしたジョーイさんは、どうやら私の顔を覚えていたらしい。片田舎なマサラタウンにはポケモンセンターがない。家で番を任せているガーディ達が怪我をした時などに、パパに着いて何度かここに来た事があったのだ。

「このピカチュウ、貴方の?」
「ピカチュウは俺のポケモンです!あの、何か俺にできることは……」

眉間に皺を寄せて大層心配をするサトシの言葉に、ジョーイさんは考える間もなく頷いた。

「反省することね。一人前のポケモントレーナーになりたいなら、あんなにボロボロになるまで戦わせちゃダメ。シイナちゃんも、旅の同行人なら友達が間違った事をしそうになった時、止められるようにならないと」

目で見て知ってる訳じゃないけれど、私が離れてる間もサトシがオニスズメからピカチュウを守ろうとしていた事はボロボロの身なりを見れば分かる。きっとピカチュウがここまで力尽きているのも、なにかどうしようもない不可抗力があったんだろう。
それを思うとピカチュウを想ってであろうジョーイさんの言葉もなんだか納得いかない。けれど次に言われた私への言葉がもっとも過ぎて、どうしてあの時もっと強く止められなかったんだろうと押し黙る。
口答えしようとしたサトシに対して、ジョーイさんは普段より若干強い口調で叱りつけた。

「貴方に今できるのは、ポケモンの無事を祈ること」
「それだけ?」
「治療は私に任せなさい。それでは、治療をはじめます」

最後にまたいつもの優しい笑顔に戻ったジョーイさんは、そう言うと治療室の扉を閉めた。ジュンサーさんも交番を開けてきたのを思い出したようで、慌てて戻ってしまった。
ジョーイさんのその表情を見て思い返す。確かに、始まりはサトシが投げた小石が原因だったのだからサトシも色々と反省はするべきだ。そして、止めきれなかった私も勿論。ジョーイさんやジュンサーさんが知ったらさっきの比にならない程、とても怒るに決まってる。

治療室の近くにあるベンチに2人で腰かけて、お互い何を話すでもなくぼんやりと前を見つめる。
真上に設置された鳩時計……ならぬポッポ時計が時刻を知らせる。物思いにふけっていたら、気付けば夜更けも近付いている。時計の音にサトシの意識も思考から浮上したのか、何度も治療室の方を向いたり下を向いたりを繰り返していたのが、ぽつりと久々に声を発した。

「ごめん、シイナも巻き込んで」

普段のから元気を昼間の川に落として来てしまったかのように、しおらしいというかちょっと気味の悪いサトシの声色。そもそも謝るなんてお門違いだ、と私は体を丸ごと隣に向けて強気で返した。

「何言ってるのサトシ?私は反対するサトシに頼み込んで旅に同行させてもらったんだよ。何で謝るの?何があっても自己責任、サトシを恨んだりしないよ」
「……うん」

やっぱりジョーイさんにお灸を据えられたのが痛かったのか、まだ元気が足りてない。ここはピカチュウの怪我を見れば、全く反省しないままよりは全然良いとだけ考えておこう。
しんみりした空気を少しでも打開したくて待合室を見回すと、公衆電話が並んでいるのが目に入った。

「ねっそれより、家に電話しない?私パパに連絡入れたいな!」
「あ、じゃあ俺も」

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