:家庭教師ヒットマンREBORN!
:沢田綱吉(+10)


義務教育を終えて、高校大学と何の支障も無く卒業。就職をして仕事の要領も把握し始めた頃のある日。
ようやく残業から解放されて閉店ギリギリのスーパーに駆け込んで、とっぷりと更け込んだ夜道を歩く。こんな日々が既に1週間と続いている。別に私は構わないのだ。大学から親元を離れて、家に帰ってもどうせ夕飯を終えれば眠るだけなんだから。そう、恋人と呼ぶ人だっているにはいるけど、連絡を取らなくなってどれ位経ったのかすら覚えていない程だ。

懐かしい訪問者が現れたのは、そんな折。

「久し振り」

借りているアパートまでようやく着き、鞄から鍵を探していた私はふと玄関前に影がある事に気付く。
暗がりの中何とか人影だと判断できたものの、返って怪しんでしまう。不審者……もしそうならどうすれば良いんだっけ。

そんな事を考えている間に「あ」と間の抜けた声が響く。どうやら相手が私に気付いたようで、物陰から現れた顔をようやく視認する。ハニーブラウンの髪を認識して、絶句した私に彼はそう言った。

「……つ、なよし?」

どうしてだろう。中学から度々同じクラスで仲良しグループで、そしていつの間にか特別な存在となっていた私の恋人。私が大学に進もうという時イタリアへ行くんだと告げて、卒業して一度も顔を見る事がなくなって。
一緒にという誘いをその時の私は断って、そして直ぐに後悔していた。関係が自然消滅してしまっているんじゃないか、と何度考えたろう。
沢田綱吉が今目の前にいる。

「こんな時間まで仕事?お疲れ様だね」

優しげな笑みを浮かべて綱吉が話しかける。なのに私はふわふわと夢の中にいるような心地がしていて、久々に機械を通さずに聴こえる声も今一認識していない。

「……依泉?」

はっ、と浮世離れしていた意識が引き戻される。久々に名前を呼ばれて、どうしてか身体が震えている。
どうしたの?綱吉、忙しいんでしょう?何とかそれだけを言って、私は綱吉を見上げた。前はそこまで身長差は無かったのに、見ない内に彼は少しずつ変化をしている。
だから余計不安になってしまう。何を言われるんだろう。

あぁ、うん。その事なんだけど……。
キョトン顔の後何故か視線を明後日の方向へ向けられた。この気まずそうな感じは、別れ話かなぁ。自分で想像をして悲しさが込み上げてきた。
するとぼんやりと見つめていた綱吉と目があう。その目はどうしてかやけに真剣で、あまり良い予感はしてくれない。依泉、と男にしては少し高めの声がゆっくりと私を呼ぶ。

「オレと一緒にきてほしい」

一瞬その意味が分からなくて、私は瞬きを繰り返した。

「やっと、今度こそ迎えに来れる準備ができたんだ」

捨てられる訳じゃない。そう安堵した途端、やっと綱吉の表情をまともに見た。
ねぇ、昔に後悔しといてまだぐずぐずと言えない私がいるの。

「オレの為にイタリアへ来て下さい」

そんな事言われたって返答に困るよ。だって私は一度断ったのに。一緒にいてもいいの?
着いて行きたい。そう思うのに体は思うように動いてくれない。これじゃ昔の二の舞になってしまう。
いつも私は自分の気持ちを言えないままだ。ハッピーエンドへの導き方を、私は知らない。

ふと考えが過る。でもそれなら、だからこそじゃないのか。だから綱吉は、私を導く為にここまで戻ってきてくれたんじゃないか。不器用過ぎる私の為に。こんな、彼はもうとっくの昔に通り過ぎている筈の分かれ道まで。
あとは手を取るだけでしょう?何を困る必要があるの。

でも、やっぱり体が動かない。
そのせいで表情が歪んでいたのだろう。綱吉は困ったような表情で、「そっか」と苦笑した。

「ごめん。困らせるつもりじゃ無かったんだ」

私はそんなにも嫌そうな顔をしていたのか。綱吉がもう一度ごめん、と謝ったところで何とか私は声を出した。
綱吉、と消え入りそうに掠れた声はそれでも彼に届いたらしい。少しだけ驚く仕草をして、目線を下から私に合わせた彼に先ずは何を伝えよう。


ハッピーエンドは訪れない

足の震えがずっとずっと止まらない。


2009.08.10.mon

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