:家庭教師ヒットマンREBORN!
:沢田綱吉
好き、だけどそれは叶わない恋。彼には他に好きな子がいるんだって事くらい分かってるからバレンタインデーなんて苦しいだけ。想いも伝えず引き下がる私は弱虫な女です。でも、義理に見せてチョコレートを渡すくらい、したって構わないよね?
「沢田君、あの、ハッピーバレンタイン!」
そう控えめな声で話しかければ大きな瞳孔を開いて私と私の持つ小包とを見比べられる。帰る支度をしていたらしい沢田君の手から筆箱が落下した。
え、ちょ、落ちましたけど?
そんな私の言葉を聞いていないらしい彼は更に言えば筆箱が落ちた事も気付いていないのかもしれない。何となく動いても良いものか悩む状況だったけど腰を屈めて、床に横向きに転がっていた筆箱を拾う。立ち上がって彼の机にそれを置いて、落とした張本人を見ればその顔には明らかな戸惑いがあった。
「良い、の……?」
「ん?」
オレなんかがもらっちゃって。頬を若干ピンクに染めた沢田君が確認するように聞き返した。これは沢田君にあげる為に持ってきたんだから、むしろもらってくれない方が困るよ。そうは言ってみたものの、もしかしたらこれは本命以外からのチョコは要らないって遠回しに言ってるつもりだったりするのかな。
「ほら、中身は好き嫌いなさそうなチョコクッキーだし。日頃仲良くしてもらってるお礼っていうか。も、勿論山本君や獄寺君も」
ラッピングの色はその人のイメージカラーっていうか。山本君が青色で、獄寺君が赤色。沢田君はオレンジ……が無かったから黄色。あ、私それなりに料理はできるし、味見もちゃんとしたから味の保証するよ!
何としても引き下がれない。これすら受け取ってもらえなかったら私本当に落ち込む。そんな思いが先立ってか普段よりずっとお喋りに必死な私。考えてもいなかった、むしろどうでも良い話がどんどん飛び出す。
ちなみにチョコクッキーにしたのは皆と被らないかなと思ったのも理由の一つ。
実の所そのクッキーは沢田君のだけハート型にしていて、他の二人には星形のものを入れている。包装紙を色違いにしたのはその区別を付ける為で、沢田君にだけ違うものじゃ恥ずかしかったから。既に渡した獄寺君と山本君にはそれがバレないように家で開けるよう念を押している。
「うん、ありがとう」
するりと緊張からか冷や汗を掻いていた私の手元から最後のチョコレートがなくなる。あれ?と思って見上げればそこにはそれはもう眩しい笑顔でお礼を言う沢田君がいた。手には今まで私の手中にあった包みを持っている。
ああ、やった。私任務遂行しました。
「あ。ねぇ、依泉ちゃんがチョコあげたのってオレ達3人だけ?」
「え?うん、そうだね」
「他の皆にも同じのあげたの?」
「うん?」
「同じクッキー?」
「クッキーだけど……?」
一体、何?さっきまでにこにこしていた沢田君にいきなり質問攻めをされるとは思わず一々返事が遅れてしまう。すると今度は何を考えたのか悪戯っ子のように笑んで、私に顔を近付けて耳打ちをした。
「もしかして、その中に本命いたりするの?」
「ッな!?」
「当たり?」
にこにこといつも見るように笑う沢田君の表情が今日は何だか違う。それはバレンタインデーで私が意識しすぎなのかもしれないけど、確実に彼は私の反応を見て楽しんでいる様子。あれ、私はいつから弄られ役になったんだろう。
それよりも絶対に今顔が赤いんだろうなぁ。当たり前だよ。好きな人にこんな事を、こんな耳元で聞かれたりなんかしたら緊張もするに決まってる。
「やっぱり山本かな。それとも獄寺君?」
顔が離れてもまだ沢田君の攻撃は続いているらしい。でも、どうしてそんな事言うの?どうして自分を選択肢から除外するの?
「違うから……沢田君。私2人の事好きだけどそれは友達としてで」
「じゃあオレは?」
一瞬意味が分からなくて聞き返すと、オレも友達なの?と同じ質問をされる。その表情がいつになく真剣だった。何でそんな事を目を見て聞くの?期待しそうになる。本当の気持ちを隠すのが辛い。
「友達……でしょ?」
「……」
「だって沢田君は好きな子いるじゃない。あ、そういえばその子からはチョコレートもらえた、」
「待って。どうしてそこでオレの好きな人の話になるの?だってって何?」
しまった。だって、なんて自滅!これじゃ私片想いだから引き下がります、だから友達ですって言ってるようなものだ。沢田君、結構鋭い。私は私で今日はやけに饒舌だ。
「ねぇ?聞いてる?」
「ッ、えっと……」
少しぶすっとした表情でそれでも目を離してくれないなあと思っていたら、おどおどと落ち着かない私と沢田君の距離が若干近い。
一体今日は何なんだろう。大体沢田君の機嫌が悪くなっている意味が分からない。普通そこは好きな子……京子ちゃんの話をされて赤面するところじゃないの?そう思う思考を余所に実際赤面しているのは私一人だ。
「着いてきて」
返事をする間もなく腕を引っ張られ教室を出る。幸い沢田君にチョコレートを渡したらすぐに帰るつもりだった私は鞄を持っていて、沢田君もいつの間にか帰る支度を終えていたらしい。
バレンタインだから余計に目立つのか、廊下にいる生徒達の視線を感じる。階段を上がって校外にでる訳じゃないなら、どこに行くのかなと思っていたら着いたのは普段鍵がかかっているはずの屋上だった。どうやらどこぞの職権濫用する風紀委員会の為に密かに開いていたらしい。その事を知る人はそうそういないのか、屋上には誰もいない様子。でも、今私達がいる事が風紀委員にバレたらまずいような?
ピュウ、と風が通り抜けた。最近気温が上がってきたといってもまだ風は冬並みの冷たさで身を縮めてしまう。
「あの、沢田君……?」
こちらを見る事もせず、話す訳でもない沢田君に話しかけるのすらしばらく戸惑った。なんか怒ってる?だとしたら原因は教室で好きな子の話をしたりして私が無神経だったせい?
「依泉ちゃんさ、何か勘違いしてるよね」
ようやく口を開いた沢田君。同時に振り向いた時の表情はやっぱり不機嫌そう。勘違いって何をかな。やっぱりそんな仲良くしたつもりないとか言われちゃうのかな。
「オレ確かに好きな子からチョコレートもらったけどさ。依泉ちゃんはオレが今年もらった数知ってる?」
「え?知らない、けど」
「今のとこ渡されたのは5個くらい?で、その内受け取ったのは1個。意味、分かる?」
やっぱり沢田君は本命からのチョコレートしか受け付けないって事?あれ、でも、待って。さっき私のチョコレート受け取ってなかった?話がややこしい。受け取ったのは2個の間違いじゃないの?
「えっと……ごめん。つまり?」
「だから、オレが好きなのは依泉ちゃんって事」
チョコレートだって依泉ちゃん以外のはいらない。何なら、鞄の中見てみる?沢田君が自分のスクールバッグのチャックを掴む動作をしたので私はそこまでしなくて良いよと慌てた。
ここまで言われても実感が湧かない。もしかしたら私からかわれてる?いや、むしろ夢だったとか。
「返事、聞いても良い?」
沢田君、やけに余裕だなぁ。やっぱり夢?それとも私って分かりやすいのかな?ああでもいっそどうでも良いか。私の長い片想いが良い意味で終わりを告げてくれるなら。
「好き、です」
悪くない終止符
‐‐‐‐‐‐
ちょっぴり偽者臭い沢田さんに。これでもなるべく抑えたとか言っちゃダメですか。←
2010.02.13.sat
1 / 1 | |
|