:保健室の死神
:藤麓介


「藤君、バレンタインデー当日に毛嫌いされる男性の3カ条って知ってるかな」
「は?」

2月14日、生活に娯楽道楽なんかの余裕が有り余る現代日本にとって、最早バレンタインデーは一大イベントのひとつとなっている。
中でも中学生なんて思春期真っ只中の子ども達にとってはそれはもう忘れる事のできない行事であるらしい。とは言え当時密かに想いを寄せている相手への告白の絶好の機会であったはずの日は、ここ数年間で急激に知れ渡り始めた友チョコという習慣によって今やその影を水に溶かしてしまいつつある。

そうだと言うのに、今目の前には大量のチョコレートが積み上げられているこれは一体、どういう事か。
1人はおろか後ろに荷物持ちが3人ついたとしても持って帰るのに苦労しそうな量のそれは大変甘い匂いを教室中に振り撒く。モテる男にかかれば一過性でないブームすら毛ほども意味をなさないのか。いやいや、それにしたってこの量はない。肉食的でパワフルな女子がこの学校にはこんなにもわんさかいるのだろうか。
その発信源である机の使用者は教室の扉を開けるなり、明らかに普段より低めに設定した声で明らかに気分沈殿の声を上げた。両手にスーパーの袋詰めでもやってきたかのようにチョコレートでぱんぱんになったエコバッグを握りしめて。
そんな彼に息つく暇も与えず質問を繰り出したのは、このイケメンのただちょっと付き合いの長いクラスメイトである私だ。

「1、“バレンタインなんて下らない”発言をする人」
「2、“食べきれない程もらった”など去年の功績を掘り返す人」
「3、チョコレートをいれる為の袋を持参している人」

「朝っぱらから出会い頭に何言ってんだコイツ」と書いてある顔をこちらに向けていた藤君の表情が、私が言葉を発する度にしかめっ面へと変化していく。それは多分時間の経過と3カ条の図星によるものだ。

「さて問題。藤君はこの内いくつに該当したでしょう」
「…………多くて2つ」

大分渋ってからぽつり、ほとんど口周辺の筋肉を使ってないように見える動きで返事が返ってきた。間も動きも怠慢なのだとしたら、どれだけナマケモノなんだか。

「あれ、変だね。丸々全部当てはまってた気がするんだけど」

どれをひとつ除いたのかは知らないけれど、何れにしても2つ自覚があったのは少し驚くべきポイントかもしれない。

「袋準備ってヤツ、これは俺が準備したんじゃなくお婆が勝手に入れてたんだ」
「中学生にもなって支度のひとつもできないの。だらしない」
「お前なあ!」

ちょっといつもより声を荒げてお怒りだ、と思ったらそのすぐ後に聞こえたのは気の抜けた溜め息だった。珍しい……事もないか。なにせ根がナマケモノだ。

こんなだらしないわ3カ条当てはまるわな男が学校一イケメンと言うのだから、確かに世の中不公平だ。3カ条だけの問題で言うなら安田君の反応はある意味花丸かもしれない。でもやっぱり私から以外にもらってる気配はなさそうだった、それは美作君も同じか。
だからこそこの掛け合い、机がチョコレートで埋もれる男とバレンタインデー当日にするものじゃないなと思う。今はなあなあで回避してる感じだとしたら、これを機に藤麓介ファンクラブの会長さん辺りから呼び出しを食らうかもしれない、この学校で今の時期一番人の寄らないプール校舎の裏なんかに。

「あれ、反論しないんだ」
「……疲れた」
「まあまあ。じゃあこの依泉特製チョコレートでも食べて疲労回復しときなさいな」

しまった。女の子達のパワーに気圧されて疲れた藤君を自分の持ち込んだチョコレートで回復?これじゃ墓穴も良いところだ。さっきファンクラブの危険性に気付いたばかりなのに。私今日から背後には気を付けよう。

「それ嫌がらせか?」
「チョコレートが?要らないなら派出須先生に渡してくるけど。真哉ちゃんが渡すと思って用意してこなかったから」

ちなみに仲良くしている男の子達には義理だろうとちゃんとチョコレートを、女の子にも友チョコを配布済みで私の手元に残っているのはこれが最後だ。その最後の一包みを藤君の目の前から自分の手元に引っ手繰って、意地悪く言ってみる。

「違えよ。渡し方が」
「ちょっと嫌がらせかもね」

ほんの一瞬返事を考えている内に私のチョコレートは藤君に引っ手繰り返された。なんだ、散々嫌そうな顔しときながらひとつでも減るのは嫌なんだ。まあいつもお菓子食べてるし好きなんだろうね。

「あ、ちなみにもらっといてお礼を言わないのなんてもう最高に嫌われるね。1年そこらの恋なら覚めて醒めて冷めちゃうかも」
「サンキュー。……って3カ条じゃなかったのかよ」

なんなんだそのただの定型文読み上げただけなお礼の言い方は。

「本当はまだまだあるけどね。絞って10カ条くらい?」

ただ藤君に該当するものをそこから更に摘まむと3カ条くらいかなって話であってね。ちなみに予想と現実で安田君は5つ、美作君は3つ、本好君は無理矢理捩じ込んでも1つってところ。明日葉君については全く掠りもしなかった。さすが空気の読める地味メン。
藤君は項目こそ違うものの美作君と同点だ。予想を入れればもしかしたら4つになるかもしれない、最早安田君予備軍。だと言うのにパーフェクトな明日葉君は私からの義理ひとつで今日の運気を使い果たしたとか言うし、同点の美作君だって似たようなものだった。世の中って、不公平。せめて私だけでも公平に接してみよう。普段から公平なつもりではあるけど。

「という訳で、義理と友チョコ配布これにておしまい」
「どういう訳?どうせ頭の中でしか言ってねーんだろ」

藤君が知る事じゃないよ、別に。いや、藤君にこそ知ってもらう必要のある話かもしれない。いやいや、説明するのも面倒な上説明してどうにかなる問題でもないから良いや。

「ってか、義理かよ」
「そりゃあ皆が皆面食いとは限らないよね」

現にそのイケメンを前にして派出須先生みたいな人に惚れちゃった子もいるくらいだしね。あれは本当に耳を疑う話だった。非常にアガリ屋な性格故に渡す気があったとしても声をかけられないだろう子も一人知ってるけれど。

「お前から本命もらえんなら他のは1個もいらねーんだけど」
「…………」

さっき決意したばかりなのにごめんなさい、モテない皆さん。どうやら来年からのバレンタインデーには私も不公平の仲間入りをする事になりそうです。


VD3カ条

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バレンタインデー当日のそれもチョコレートだって渡した後に惚れさせるという恐るべし藤君←

バレンタインデー過ぎてから30分位にフと出たバレンタインデーネタでした。思えば藤君夢はお初でした。

2011.02.15.tue

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