:家庭教師ヒットマンREBORN!
:沢田綱吉


綱吉は緊張していた。心臓はばくばくと激しい運動をした後とまではいかなくても十分にうるさいし、さっきから飲み物をいくら流し込んでも潤わない喉なんかは重症だ。
それの原因は単純明快で、何故か沢田家で執り行われているお茶会に、彼の思い人が出席しているからに他ならない。

ひっそりと、けれどじっと見つめていた少女が先ほどからお茶くらいしか口にしていない事にはすぐに気付けた。
文字通りを真に受けるならお茶会だから良いのかもしれないが、珍しくクロスで木目を隠されちょっと上品な感じに早変わりされたテーブルの上には、甘いジュースもあるし炭酸飲料だってある。更に言えば市販のものだったり綱吉の母である奈々のお手製だったりする山ほどのお菓子もある。
それなのに彼女は普段から常に冷蔵庫に用意されていて、昼休みにだって持参して飲むであろうただのお茶にしか手をつけていなかった。彼女が大の甘い物好きな事は、ある程度彼女と関わりがあれば誰でも知っている事だった。

「お菓子とか、食べないの?」
「あ、沢田君。今日はお招き頂いちゃってありがとう」
「それはオレじゃなくて母さん達だけど……あ、このお菓子好きだったよね?」

手近な場所にあったスナック菓子は以前教室の隅で友達と談笑しつつ食べているのを目撃した実例が何度もある国民的人気なもので、それが理由で割と好きだったお菓子がいつの間にやら大好物になっていたのは自覚済みだ。
遠慮してたりするのかもと差し出してみると、依泉は一瞬目を輝かせたもののすぐにシュンとなり「私はいいよ、沢田君が食べなよ」と苦笑しながらそれをかわした。

一度取ってしまったものを戻すのもマナー違反だなと思って、綱吉は仕方なくそれを口に押し込んだ。甘いはずのお菓子の味はよく分からなかったが、口に押し込んだところで、ひとつの可能性が浮き上がってきた。

「どうかしたの?……もしかして体調悪い?」

今日のメンバーはクラスメイトでもあり主にいつも一緒に騒いでいるメンバーで、依泉はその内のひとりであり、主催者トリオのひとりでもある笹川京子から人伝にお誘いを受けて来たのだった。ちなみに主催者トリオとは沢田奈々、笹川京子、三浦ハルの事である。

誘われて、無理に来たんじゃないか。本気で心配になってきた綱吉の顔色がだんだん悪くなってくるが、それに劣らず優れなかった依泉の顔色は反比例してついには紅潮までしてきた。
ここでどうして、顔が赤くなるのか。それは綱吉には分からなかった。心配されて照れているのかなというところまでの推測は当たりなのだが、その理由について考えたところで綱吉もまたほんのりと顔を赤くさせた。思春期真っ只中な頭はどう変換したのか、彼の中で淡い期待が押し寄せた。

「あ、あのね沢田君、体調悪いんじゃないの。その……気付いてるみたいだから言っちゃうけど」

もじもじとしだした依泉に、綱吉の中で緊張感がまた騒ぎだす。周りはガヤガヤワイワイとしていて少し騒がしいが、それでも依泉は細心の注意を払って綱吉に耳をかすよう要求した。

「実はね、ダイエット中なの」

ひそりと伝えられた言葉に、綱吉は何を思ったのか。依泉はぽっと頬を赤らめたまま、「だからダメなの」と付け足して誤魔化すように微笑を浮かべた。

「でも来といて手つけない方が感じ悪いよね」

せっかくのおばさんのお菓子も食べなきゃ損だね。明日からまた頑張るって事にして、今日は臨時休業にしちゃおうかな!途中からひとりで喋っていた依泉の台詞は、ダイエット失敗者の常套句だったりする。
元気を取り戻したらしい依泉は残念ながら、綱吉がなんとか笑顔を作ったようなひきつった口で「うん、そうした方が良いんじゃないかな」と言った言葉の表面しか受け取らなかった。
先ほど綱吉が差し出したものと同じお菓子に手をつけた依泉がようやく晴れ晴れした笑顔だったのはとても良い事なんだけれど。沢田君もどうぞ、とさっき自分がしたように渡されて、綱吉はなんとなく戻った味覚でそのお菓子の甘さを思い出すのだった。



後日、久々に放課後寄り道をした。それと言うのもいつも絡んでいる2人の友人が偶然2人ともそれぞれ用事があり1人の帰路だったのだ。
通りかかったお菓子屋の前で、目についたヘルシーの文字は果たして偶然か。恐らく先日のお茶会で依泉がダイエット宣言をしていたから余計際立って見えたんだろうそのクッキーを、気付けばレジに持って行ってるオレがいた。ちょっと、いや、かなり重症な気がしたけれどまぁ、そこまでは良いとして。

「どう言って渡すんだよ、これ……」

家に着いてから気付いた。教室とか人目のある場所は論外、だからと言って呼び出すのもどうかと思う。渡せたとしても頭上にクエスチョンマークが浮かぶ事はほぼ確実だ。いや、それだけなら全然良いけど、万が一「嫌味?」とか思われたら最悪だ。
ああもうこんな事なら買わなきゃ良かった。なんで買っちゃったんだよオレの馬鹿。
悶々ときっといくら考えたって自分じゃ結論なんか一生出やしないんじゃないか、なんて頭の隅で悪魔が囁いたのはきっと多分ホンモノだ。なんとか上手く渡して、なんとか上手い反応が返ってきてくれれば良いのになんて考え出したオレがバカでしたすみません。でもだからってこれはあまりにもあんまりだ。

「沢田君、用って何かな?」

リボーン君に呼ばれてきたんだけど、と私服姿の依泉ちゃんが今何故かオレの部屋に。ああ今日の服も彼女のイメージにぴったりで可愛いなぁ、対して未だ制服のオレ。いや、私服はこの前のお茶会でも見たけど、なにせまだ二度目だし。一時間前までいつもの制服姿を見ていた訳だし。
…いやいやそうじゃなくて、リボーンめ恨んでやる。

「……」

思考の中だけが現実の空間以上に騒がしい。その脳の働く内にも時間は経過するもので、手持ちぶさたな視線をちらりと動かした依泉ちゃんが机に置いていたクッキーを見つけたのが分かった。こうなりゃヤケだ、当たって砕けませんように!

「これ!依泉ちゃんにあげようと思って!」

押し付けると言っても大差ない渡し方になってしまったが、キョトンとしていた彼女もそこに書かれたキャッチコピーに気付いたようだ。

「……いいの?」
「う、うん!」
「本当に?もらっちゃうよ?」
「うん。オレ、食べないし」
「もしかして沢田君、私がストレス溜めないようにって心配してくれたんだ!」
「うん。……ん?」

語尾を曖昧っぽく返事。自信がなくておどおどしてるのが言葉にまで表れてるみたいだ。本当はそこまで考えてた訳じゃないけど、今からの前言撤回は骨が折れるに違いない。何よりぱっと明るくなった依泉ちゃんの表情を崩そうだなんて誰がするもんか。

「本当言うと私もこういうのなら良いかな?って思ったんだけどね、何となく、なかなか手が伸びなくて」

悪いからお金は返す、と言われたけれど勝手な押し付けでそんな事をされたらむしろオレの立場がない。というか、売買じゃないんだから。

「じゃあ、今度一緒に遊ぼう」

あんまりお金の話するのもどうかと思うし、この前のお茶会だってお礼しなきゃって思ってたんだ。だから、態度でお返しします!敬礼っぽいポーズをした依泉ちゃんの言葉は願ってもないお誘いだ。具体的な日程なんかを話し始めた依泉ちゃんの心理は正直よく分からないものの、楽しそうにしている笑顔はオレにとって癒しそのものだ。さっきの言葉は撤回するよリボーン、ありがとう。

「あ、でもそれなら皆誘った方が良いかな?」
「え?」

ピシリ、とだらしなく緩んでいたであろう表情が一瞬にして凍りつく。

「特に京子ちゃんとハルちゃん。おばさんにもお礼したいなぁ」

お茶会の時の皆で、今度遊園地とか行きたいね!言葉通り皆でおでかけプランを立てはじめた依泉ちゃんの目はいつになく輝いているように見えた。多分、いや絶対、オレの今の心情も依泉ちゃんに向けた気持ちにも気付いていない。
彼女に気持ちが伝わる日はいつになるやら。


午後のお茶会

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題名は某有名な紅茶を意識した訳じゃないです(笑)
仮題は「だいえったー」だったのですが、ちゃんと世間にある言葉だったんですね。知らなかった……忘れてただけかもですが。←

2011.04.08.fri

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