:魔王(漫画寄り)
:安藤


初期設定から弄られていないありふれた着信音を耳に拾って、俺はゆっくりと己の携帯電話へ手を伸ばした。
雑誌を片手に覗いたディスプレイには隣人であり恋人である人物の名前が表示されている。もう時計の針は8時を回った頃であるというのに、電話をかけてくるなんてとても珍しい。3度目の機械音が鳴り響こうという時、顔に近付けた機体の受話ボタンを押す事によりその急かすような音は止んだ。

「もしもし、依泉?」
「たたた助けて安藤ー!」

その代わりに聞こえたのは、見知った人間の悲鳴にも近い必死の声だったが。

「え?どうし……」
「死ぬ死ぬ死ぬ、私死んじゃうぅう!」

プツン。小高い悲鳴が聞こえたかと思うと何の前触れもなしに切れた電話。携帯からは虚しく機械音だけが聴こえる。
状況からすると高確率で誤って通話終了ボタンを押してしまったのだろうけど、あの取り乱しようでは断定できない。けれど、ただ事でなかった事だけは確か。俺は考えなしに家を飛び出した。それはもう人生でも前例がない程の速度を上げて。
依泉の家は隣で、一人暮らしのそこの照明がついている事に気付いたのは幸いだった。

「依泉ッ!」

鍵のかかっていなかった玄関扉を確認もせず勢いよく開ける。けたたましい足音が近付いて来るのに気付いた時には遅く、真っ暗な辺りを確認する間もなく俺は何かに突進された。その結果は勿論転倒。
俺は後頭部を地面に強打する羽目となった。

「ごごご機嫌ようお久し振り!」

俺の後頭部への配慮など皆無。
真っ青な顔で発されたのは当然挨拶などではなく、俺の周囲極少人数で通じる隠語のようなものだった。
ごき・・げんよう おひさしぶり・・


世間体にはGなどと呼ばれたりもするあの黒い飛行物体の事だ。それを理解した途端気が抜けたのは勿論俺ひとり。薄らと目尻に涙を浮かべた依泉の視線は冗談などではない事を訴えている。

「安藤ぉ……!」
「……あーハイハイ。倒して来るから、しばらくそこにいて」
「っ私安藤がお隣さんで良かった。愛してる!」

俺は隣人の虫退治に駆り出されただけだったらしい。しかし対面してみたそいつは確かに巨大で、その虫を苦手に思うのなら依泉でなくても泣きたくなるかもしれない。現にその呼び名を考えた我が弟は名前を聞くだけで身震いしていた程だ。

それにしても依泉の言葉は大袈裟と言うか、調子が良いと言うか。
とりあえずその感じじゃその愛とやらはえらく安いものらしい。依泉に取っては最大限の誉め言葉のつもりだったのかも知れないけれど。


恋人価値

恋人と言うよりも寧ろ、兄弟が一人増えたような感覚に近いかもしれない。
それこそ泣かれては困るから口に出したりはしないんだけど。

end.
‐‐‐‐‐‐
後書き専用ページなんて設けたのは何時振りですかね?なんてどうでも良い前置きはさておき←

何気に安藤初夢です。……夢と言う言葉の欠片もありませんがね!
一応、原作よりも漫画の方の学生安藤をイメージした方が良いかも知れません。

ふざけた感が書いてて何気に楽しかっただなんて内緒!
カムバック安藤!

2009.09.04.fri

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