:イナズマイレブンGO
:霧野蘭丸(→夢主→神童拓人)


「お疲れ、蘭丸」

朝練を終えたばかりのサッカー部のグラウンドに降り立って、こちらに背を向けているその人物へ一目散に向かって声をかける。どちらと言わずとも朝に弱い私はいつもならこの時間帯は登校中か、まだ自室で寝坊気味に支度を整えているかで、朝練を覗く事は滅多にない。
だから今の光景が余程意外だったらしい。蘭丸の表情は私の登場に対してとても素直に、豆鉄砲を食らった鳩みたいにちょっと大袈裟なほど驚いていた。

「あぁ、なんだ依泉か。おはよう」
「おはよう。これ、マネさんからもらってきたよ」
「さんきゅ」

水筒とタオルを持っていけば、わざわざお綺麗な笑顔までつけて受け取ってくれる。その顔に私の心中が揺らぐ事はないけれど、全く良い友達を持ったものだ。そんな風にはぼんやり思ってる。
そんな彼はと言うと水分補給をしてから、額の汗を乱雑にがしがしと拭き始める。せっかくの綺麗な肌なのにそんなやり方だと今にボロボロになってしまいそうで、勿体ない精神がこんなところで働いたらしい私は、彼の手からタオルを取り上げて代わりに汗を拭ってやる。またしても素直にされるがままで特に抵抗もなにもしない蘭丸は、私の事をお母さんだとでも思ってるんじゃないか。

「にしても、どういう風の吹き回しだ?依泉がもう学校に着いてるなんて珍しい。雨でも降るんじゃないか」
「私にだって早起きする時はありますよ」

なんて曖昧な返事だったろうか。初夏とは言え、既に真夏顔負けのすっきりとした日本晴れを見せている空に雨なんて言葉は万に一つも想像できない。それでも、頭でも打ったのか?とでも言わんばかりに怪訝そうな「納得いかない顔」をする彼は、何を隠そう私の親友である。
その女の子顔負けのスタイルと顔つきは当初の私にも眩しかったけれど、ピンク髪の彼は取っ付き難さなんて感じさせない笑顔で私に話しかけてくれたのだ。以来、下らない理由で意気投合した友情は平穏に続いている。と言ってもその思い出もそこまで古いものじゃなく、片手で間に合うくらいのほんの数年前の話だ。

「まあ、下心ありきじゃないけど。ちょーっと目当てがね」
「え?」

蘭丸から目を逸らして、休憩中の部員を見渡す。聞こえなければラッキーくらいの声量で言ったものの、眉間に皺が寄った辺り、蘭丸にはしっかり聞こえてしまったらしい。聞こえてなにか困る訳じゃないけれど、若干照れるくらいには少しだけ困る。

「誰だよ、そいつ」
「ちょっと黙って蘭ちゃん」

誰が蘭ちゃんだ!とお決まりに怒った蘭丸は置いといて、見つけた“目当て”には思わず口の端が上がる。どうやら私、よっぽどその人を気に入ったみたいだ。

「……神童?」
「うわっ」

にゅっと効果音がつきそうに隣から急に出てきたのはピンクの頭で、若干さっきより低い声なせいかなんなのか思わず悲鳴を上げてしまった。

「なんだよ、お前。神童のこと好きだったのか?」
「だった、っていうか。……最近というか」
「……好きなんだな」

観念して頷いたけど、それが思ったより恥ずかしくなって俯き加減のまま顔を元に戻せない。心なしか、顔が熱い気がするんだから尚更だ。そんな私の心を知ってか知らずが、蘭丸が深刻な声を発した。

「だめだ」
「え?」
「神童は、駄目だ」

思いもしない言葉に、何を言われているのか理解が追いつかなかった。それってつまり、神童君は諦めろってこと?

「なんで……?神童君に彼女がいるとか、私じゃ釣り合わないとか、そういうこと?」
「や、そうじゃなくて」

優しい優しい私の大親友の蘭丸なら、全部分かってくれると思ってた。笑って、頷いて、応援して。まさか否定なんてするはずないって考えなくても思ってた。だからこそ、この状況が酷く感じたんだ。余計な怒りとか悲しみとかが倍増したのも、きっとそういう事。

「なによ。蘭ちゃんには関係ないじゃない」
「だから……ってまたお前は俺を女みたいに……おい、依泉?」

蘭丸の反論が突然途切れた理由は分かってる。その顔がびっくりしている事なんか見なくたって分かる。私が、泣いているからだ。

「蘭丸には、関係ない……よお」

酷い言葉なんていくらだって言ってやる。だって蘭丸の方が先に言ったんだから、それくらい許されるはずだ。私のなんてずっと軽いと思うでしょ?だって、恋する女の子に、あんな言い方ってないじゃない。私の方がずっと傷付いたんだもん。
声は笑えるくらいに震えてきて上手く発せられないけど、そんな事は今どうでも良かった。

「さっき依泉、神童の事下心ありきじゃないって言ったけどさ」
「うん?」

少しの微妙な間ができて、居た堪れない空気は多分私だけが感じていたんじゃないはず。それを肯定するように、蘭丸が不意に、けれど軌道修正するようにゆっくりとした調子で口を開いた。

「依泉と友達になった時、俺は下心ありきで話しかけたんだよ」
「……うん?」
「だから、神童に彼女がいるとか釣り合わないとかそういうのじゃなくて。俺の個人的な感情で、依泉に誰か他のやつと仲良くして欲しくなかっただけだよ!」

全部言わせる前に、解れよ!と顔を隠した蘭丸の方が今度は俯いた。私は授業すら始まってない朝から酷い泣き顔なのに、放心状態のまま顔すら隠すのを忘れている。だって仕方がない、ピンクの隙間から見えた頬が、こんなに真っ赤に見えたのは初めてだったんだから。

「ねー、蘭ちゃん」
「……なに」

あ、ちゃん付けに初めて返事しちゃったよ。怒る気力すらないって感じかな。それどころか、声を張る気力すらなくてまた綺麗な声がやけに低くなってしまっている。いつもは絶対しないトーンだから、正直ちょっと怖い気もする。

「私さ、神童君の事好きってカミングアウトしちゃって、しかも泣いてたのに、普通今告白とかする?」
「するだろ。じゃなきゃいつするんだよ、モタモタしてたら依泉に応援要求されるとこだったし」

ああ、そう言われてしまうとそうかもしれない。いや、多分私はそうするんだろう。蘭丸が言うならきっと間違いない。

「否定しろ」
「心にもない否定でも良い?」
「それはやだ」

即答されても困るんだけどね、なんてさすがに言わないけど。人の気持ちを幾らなんでも困るなんて、それこそ口が裂けても言えやしない。
いつの間にか引っ込んだ涙の跡を、手近な水道で濡らしてきたハンカチで拭う。立ち上がった事でようやく、周りがいつの間にか解散している事に気付く。皆恐らく更衣室で制服に着替えているんだろう。もうそろそろ予鈴が鳴る頃かもしれない。
そうなるとまだユニフォーム姿の蘭丸なんて置いてってさっさと教室に向かおう。あっちだって目が腫れた私と行動はしたくないだろうし。ほんの数十秒位の動作の間に、蘭丸の方も俯くのを止めていた。

「あ、蘭丸が知らないなら神童君ってもしかして今フリーなのかな」
「依泉こそ、今言う事か?」
「仕返しです」

引きつった顔すると、せっかくの女子顔負けの美人さんが台無しだよ、と言うと、性格悪、と言われた。何とでも言いなさい。

片手で数えきれる付き合いだけど、中学生の数年は長い訳で、つまり蘭丸とはそこそこ長い付き合いって認識で。こういう冗談めかした会話ができてる時点で、お互いがお互いにもう腹立てたりしてない事は言わなくても分かってる。
もう少ししたらまた下らないタイミングで笑いがこみ上げて、ギスギスした空気なんて忘れてすっかり仲直りできちゃう訳だから、それまでもう少しだけ意地悪の攻防戦で楽しもう。
そんな風に思っていたら、聞き慣れた予鈴が鳴った。


余韻

2012.04.25.wed

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