:黒子のバスケ
:黒子テツヤ


「好きなんです」

先ほど行きつけのファーストフードで買ったばかりのジュースは冷たくて、汗っぽい手の平に反して指先だけがひんやりとしている。けれど氷を入れただけの液体であるそれは、夏の熱気や直に伝わる手の温度ですぐに温っぽくなってしまうだろう。私もシェイクにするんだった、と人様の紙コップの中身を思い出して早々に後悔しだした私の思考など知らぬ存せぬ、な同行者は心なしか涼しげだ。
ストローから口を離して、開口一番呟くように、或いは独り言のように黒子君は冒頭の言葉を言い放った。

「バニラシェイクが?」

いつも頼んでるのは知ってるし、ある程度一緒にいれば誰だって当たり前に分かる事なのに。改めてどうしたんだろう。
そんな思考から、多分私の表情は驚きや困惑や苦笑いやらで微妙な事になっているだろう。それを隠すように私もストローに口を近付ける。

「いえ、シェイクも好きですけど。好きなんです、君の事が」

私はストローに口をつけたまま、中身を少しも消化させる間もなく固まった。それくらいあまりにもあんまり過ぎる唐突の言葉だったのだ。
手の汗と紙コップの側面の水滴が混ざり合って、つぅと肘まで伝ったかと思うと、そのまま地面へと落ちていった。


「……という夢を見まして」
「そうですか」

夕方、部活終わりに黒子君といつものファーストフードの、いつもの窓際の席にいた。
いつもならあとひとりふたり、黄瀬君辺りなんかがいるのに、彼は今日練習が終わるなり副業の方に飛んで行ってしまった。

黒子君とふたりで向かい合っていると、今朝の夢をふと思い出した。夢は真相心理の表れ、なんて言う人もいるのに、私は特になにも考えずその話を話題に持ち出した。そして話がもう引き返せない最後の方に入って、ようやく自分の失態に気付いた。
夢は心の鏡だとか、そういうの今本当に勘弁してほしい。なんだって私はそんな恥ずかしい話をわざわざ本人に話してしまったんだ。
後悔先に立たず。話が終わってから存分に悔いていた私に、いつもと何ら変わりない声色で気のない返事をしてから、黒子君はもう一度シェイクに口をつけた。あ、しまった。結局私シェイク買ってない。まあ店内はクーラーががんがんに効いてるから暑くないんだけど。

「バニラシェイクより、好きですけど」

夢と同じだ。
なんて事は残念ながらなかった。思考が止まったんじゃなく、意図的に会話を区切る為にジュースを一口含む。
何て言うか、ええと。言う事はひとつしかないんだけど、これ、私が自分で言わなきゃダメなこと?

「……それは告白なの?」
「そうなりますね」
「私、飲み物よりは断然バスケ部の皆の方が好きだけど」
「じゃあ僕は全人類で君が一番ですね」

やっぱり挨拶とか雑談とかの日常会話をするのと変わらない黒子君は、逆に普通すぎてどうしたら良いのやら対応に困るかもしれない。今までそんな風に思ったことはなかったんだけど。というか「じゃあ」って子どもか。というか、全人類を引き合いに出されちゃったよ……そんで勝っちゃったよ……!
ほんの少しの間だけ置いて、私はにへらと愛想笑いのような微妙な顔で笑った。

「またまたぁ」
「嘘じゃないです」

若干むっとした顔つきになった黒子君が意外だった。バスケ以外の事であんまり見ない顔、というか、今まで私に向けてされた事がなかった表情だったので割と驚いた。

「えーと……うん、じゃあ」

だからやけにしどろもどろするのは、単純な動揺だ。とかそんなあからさまな言い訳は声には出せない訳だけど、とりあえず冷房の中急に体温が上がった気がするのはどうにも言い訳できそうにない。

「……ちゃんと考えてみよう、かな」
「そうして下さい」

気付けばまた普段となんら変わりない様子でシェイクを啜る黒子君がいるのだから、私は彼に勝てそうにない。
だってきっと黒子君だけじゃなく、勿論私だって好きなんだ。ファーストフードで過ごす、こんな毎日の放課後が。


日常維持

end.
‐‐‐‐‐‐
黒子にバニラシェイク飲んでてほしかっただけです。

2012.10.27.sat

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