:魔入りました!入間くん
 :オペラ(男設定)


 悪魔学校バビルスに通うふつうの学生だった私は、ある日とつぜん両親の蒸発により家なき子という波乱の人生の幕を開けてしまう。
 学生寮もタダじゃない。友だちの家を転々とする毎日。聞き上手の同級生入間くんにうっかり不安をこぼした結果、あれよあれよという間に彼の家に身を寄せさせてもらうこととなったのだった。

 とはいえ、入間くんの家というとバビルスではとうぜん知らない人はいない、魔界でも指折りの悪魔であり学校の理事長であるサリバン様の家ということになる。
 迷子になりかねない豪邸に、セキュリティデビルまでいる家なんて私の家格ではあまりにも畏れ多すぎる。なんて思っていたのもほんの数日だけのこと。

 入間くんはもちろん、サリバン様もセキュリティデビルのオペラさんもとても優しい。
 場違いからの畏れ多さよりもただの厄介者としての申し訳なさが勝って、せめてオペラさんの下で働きたいと願い出たら、理事長として生徒の保護は当然のことで、奨学金だと思ってもらっておきなさい、どうしても働きたいのなら卒業してからにしなさいと言われてしまった。
 オペラさんからも、自分のしたことの責任は自分で取るべきですが、それは大人の悪魔の話であって、そもそもあなたはなにも悪くありませんと諭された。

 そんなわけで今日も今日とて実家よりも広い私室で、信じられないくらい快適な休日を過ごしている。
 そんななか、入間くんにするのと同じくらい世話を焼いてくれるオペラさんが、郵便物を片手に部屋にやってきたのが事件の始まりだった。



「依泉さん、バビルスからの荷物ですよ」
「オペラさん!ありがとうございます」

 可愛らしい家具の揃う客間は、これでも狭いほうだと言う。到底そうは思えない広さに、実家から持ち出した数少ない私物が少々不釣り合いに思う。
 使った気配のない家具が、ただの客間にしては可愛すぎるしキレイを通り越して真新しいように思うのは、私の考えすぎだろうか。笑顔の圧でかわされサリバン様は教えてくださらなかったので、私もただありがたく使わせてもらうのみだ。

「すこし重いので、机に置きましょうか」
「なにからなにまですみません」

 ちいさな包みだけど、そんなに重いのかな。片手で持ってるけど…………オペラさん基準で考えたらダメだね。この前石のテーブルとか2人がけのソファも片手で軽々持ちあげてもう片手で掃除してたし。
 そんなことを考えていたら、荷物を置いて颯爽と身を翻したオペラさんが、せめてと閉まらないよう扉を押さえていた私のほうを振り向いて立ち止まった。

「この部屋はほかの部屋とは違った匂いがしますね」
「えっそうですか?」

 まだ匂いがつくほど長くこの部屋を使ってないのに、それっていいのかな。それとも悪い?どういう意味なんだろう。どういう反応をすればいいのか判断しかねて相手の出方を伺ってしまう。

「はい。なんだかほんのり甘い匂いです」
「ああ、たぶんコロンの香りですね。友だちからもらって……苦手ですか?」

 さすがに高級品であろう寝具やカーテンにつける勇気はなかったから、私物くらいにしかつけていないんだけど。友だちもいい匂いだと言っていたし、たまに学校につけていってもクラスの男子に反応されたことはない。
 オペラさんは耳とか尻尾が念子っぽいから、もしかしたら鼻がいいのかもしれない。
 たいした強さの香りじゃないと思ってたけど、感じ方は悪魔にもよるよね。ちょっと心配になってきた。

「いえ、いい匂いですし、依泉さんにもよくお似合いです」
「うれしいです。私のお気に入りなんですよ」
「お気に入りですか」

 この家にいるときは控えようかと考えかけていた私がその返答に安堵したのも一瞬で、オペラさんの次の行動に今度は困惑することになった。
 部屋の香りを確かめていたオペラさんが、不意にこちらに近づいてくる。いつものように背中側に手を回して腰を屈ませお辞儀でもするように、パーソナルスペースなんてなんのそのな距離まで顔を近づけられる。

「依泉さんからもおなじ匂いがします」
「そうですね。休みの日はつけてます……」

 わざわざ近づいてまで匂いをかがれるとは思っていなかったから、気持ち後ずさる。
 ふだんは見えることのない真っ赤な髪の頭頂部が見えた。目の前の赤い念子のような耳をまじまじと観察してみる。あ、オペラさんからはせっけんの香りがする。さっきまで洗濯してたのかな。
 私が呑気なことを考えはじめたのと、オペラさんの手が私の手首を掴んだのはほとんど同時だった。
 また反射的に退がった立ち位置に、すぐに背中が壁とぶつかった。手放した扉がゆっくりと閉まる。なおも近づいてくるオペラさんの顔。とつぜんの壁ドン。ん?壁ドン?

「えっあの、オペラさん?」

 なんだろう。この匂いが気に入ったのかな。鼻をすんすんさせながら手首の匂いをずっとかがれている。
 ボトルから直接つけたのは手首だけだから、とうぜん香りは他よりも強くなる。けれど私にとって誤差みたいなそれを、たぶん的確に把握できてるってことだよね?やっぱり鼻がいいんだ。
 どのメーカーのものかさっさと教えてあげるべき?
 それとも単に匂いフェチってだけ?
 念子に魔タタビ、オペラさんにオーデコロン、ってこと?

 意味の分からないこの状況にさすがにだんだん緊張してきた。ほんとにイヤな匂いじゃないんですよね?聞きたいけど、なんとなく聞けない。

「ところで依泉さん、香りづけをしたのはこれから出かける用事が――」

 そのとき、オペラさんの言葉を遮るように、すぐとなりのドアが2回叩かれる音が聞こえた。

「依泉ちゃん?いる?」
「へ、入間くん!?」
「いま入ってもいい?届いたバビルスからの荷物のことなんだけど」

 チラリと扉から視線を前に戻す。
 目の前にオペラさん、俯いていて視線は合わなかった。その向こうの机には、さっき持ってきてもらって封も開けていない小さな包み。
 いまって……このオペラさんにくっつかれてる状況で?

「っい、いまはダメ!あとで私が入間くんの部屋に行くから!」
「分かった。じゃあ待ってるね」

 必死の言葉遣いになったものの気を悪くした風もなく、素直に去っていく足音にほっと胸を撫でおろす。いや、正確には撫でおろそうとしたんだけど。

「悪い子ですね、依泉」

 正面にあったオペラさんの顔が、いつの間にかほとんどとなりに移動している。
 顔が近くなった分、さらに距離が近づいてしまっている。抱きしめられてると勘違いでもしそうな距離感に一気に鼓動が速くなる。声が耳元からして、あっこれコロンをうなじにもつけたからだ、と意外と冷静に思い至る。
 ていうかオペラさん、私のこといつから呼び捨てになったんでしょうか。

「な、なにがですか?」
「私というものが目の前にいるのに、入間様とお話しして。あまつさえこの後部屋に行く約束をするだなんて」

 不服そうな表情をわざとなのか見える位置に持ってくる。おかげさまでさっきよりも距離はできたけれど。
 なんかオペラさんがヘンなこと言い出した。私たちまだそんな悪ノリが許されるほどは仲良くなってないと思うんですが?
 そしてあなたが動いてくれなさそうだから後で行かざるを得ない状況になったんですけども?

「ハッ。まさかこれも私を嫉妬させるための作戦ですか?」

 なんの話?ちょっと待ってオペラさん。それだ!って顔するのやめてもらっていいですか。
 嫉妬って、それ恋人同士とかで言うやつ。私たちそんな関係じゃない……なかったよね?なんかもう距離感バグっててなにがなにやら分かんなくなってきた。
 今一度思いだそう。そんな関係もあんな関係もない、そもそも私は、オペラさんのことを好きなわけじゃないのだから。

「素直になっていいんですよ。入間様を招き入れなかったのですから、もっとこうしていたいのでしょう?」

 招き入れられるわけないですよね?こうしていたくはないです。早く離れてほしいです恥ずかしすぎる。
 不意に目を合わせていたオペラさんの視線が落ちた。直感がよぎる。コロンだ。あとコロンをつけた場所というと、ふと、もも――――

「もう!オペラさんやめてください」

 耳が、頬が、尻尾まで熱いのが自分で分かる。想像してしまったこれからの展開に顔から湯気でも出そうだった。
 危機感からとっさに叫ぶように拒否の言葉を放つと、身体をびくりと震わせ、次の瞬間オペラさんが血の気の引いた顔になってするすると離れていった。そうするすると、流れるような動作で、目の前で土下座をしてしまった。

「申し訳ありません。あまりに軽佻浮薄な言動でした」

 さっきまでの態度が嘘のように、懺悔の言葉をつらつらと聞かされる。要約するとおそらく匂いに当てられたのだと言う。行動を振り返るとたしかにそんな感じだったけど、あのコロンに特殊な成分は入ってないはずだ。
 やっぱり魔タタビ的な、オペラさんにしか効かないなにかがあったんだろうか。

 とりあえずこの家にお世話になる間は、オーデコロンはやめておこうと思う。


 念子に魔タタビ


 その日はもうとてもオペラさんと顔を合わせる勇気がなかった。
 なんとか落ち着いた心臓の音を確認して、入間くんを訪ねたあと、早急に友だちと遊ぶ約束を取りつけ晩ごはんまで済ませて会わないように徹した。

 翌朝会ったオペラさんは、昨日のことが夢だったんじゃないかと思うほどなんでもない顔をしていた。ていうかほんとに、まさか忘れてたりしてないですよね?こっちはなかなか頭から離れなくて寝不足になったんですけど?
 けれど目が合うと逸らされてしまったので、やっぱり夢でもなんでもなかったのだと気づく。

 そうですか。なかったことにしたいんですね。分かりました。けどそれって女としてたいへん悔しいので、このままで終われるとは思わないでくださいね。

 自分のしたことの責任は、自分できちんと取るのが大人なんでしょう?


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 同級生の入間くんのいるサリバン邸に居候したらどういうわけかオペラさんがグイグイくる……的なものを書く予定が若干方向間違えました。
 このあとからはオペラさんはグイグイ来られる側です。未成年からのアプローチは大人として困るけど明らかに自分の過失なので強く出られない(でも近いうち満更でもなくなる)。

 外伝系は避けてたのですが、気の迷いでif魔フィア読んでしまって目つき悪いオペラさんにやられました。もともとは安定の主人公入間くん派なんですけども。

 久々にしょーもない雰囲気の短編書けて満足です。

2025.05.03.sat

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