ツナが死んでしまった。

その事実を受け止めてから数日が経った。受け止めたと言ってもその衝撃は未だ私の中で割りきれず、一度ボンゴレアジトを後にしても毎晩のように涙で枕を濡らす事は変わらずだ。引きこもりがちだった私が今日少しだけ久々に御天道様を拝むのも、武からの急な呼び出しでアジトへ行くに他ならない。

外の空気は私の気持ちを少し和らげてくれたのだけど、やはり目的地を前にして身体は重みを増していく。緩む涙腺を締め直して、いざ、中に入ったまでは良かったというに。

「あれ……?」

足を踏み入れた途端感じた違和感。いつもなら誰か迎えてくれるそこには、人の気配すらしない。物音一つない内部は、それだけで胸騒ぎを覚えるに充分だった。
自然と早まる足で向かうはメインルーム。そこなら誰かいるはずだという考えは的中し、室内から微かに聞こえる話し声にその戸を少し乱暴に開けた。

「武!どうかしたの……って、」

警戒の言葉は途中で消え去り、私は我が目を疑った。武と、隼人がいるのは分かる。そして他の守護者達も大方任務に出ているだろう予想はつく。けれど、どうして?

「……ツナ?」
「え?」

どうして、いるはずのない蜂蜜色の髪が、貴方が、いるの?
注目されるのが予想外だったとでも言うのか。名前を呼ばれて目を丸くした彼は見間違えるはずもない、愛しい愛しい沢田綱吉その人だった。

「武……これって夢じゃないよね?」

ツナなんだよね?この状況を整理するべく武に質問を振れば、返ってきたのはどもった肯定の言葉と「でも」と云う接続詞。
けれどそれを悠長に聞いている程の余裕は私には無かった。
だってこれは夢じゃない。今目の前に、ツナがいる。

「っツナ!」
「え……えぇえー!?」

嬉しさのあまり抱き着いた私の目には、遂に涙が浮かんでいて。それは悲愴感からのものでは決してないのだけど、どうしてかツナは大袈裟な程驚いた。

「え、あの……どうしたんですか!どこか痛いとか、」
「違うよバカツナぁ……ッ」
「んな……っ!」

大の大人がわんわん泣き始めるなんて可笑しいかもしれないが、どうせ知人しかいないし、理由が理由なだけに笑う人だっていない。遠慮なく泣き喚く私はようやく、今になって目の前のツナに少しの違和感を感じた。
どこかいつもと違うような……?背も私より高いはずだったのがやけに小さく感じるし、敬語を使われてたような気がする。だなんて、呑気に思っていたのが間違いだったらしい。

「おいテメェ!10代目を困らせた上侮辱しようなんざ許さねぇ。何者だ!」

空気の読めない隼人の言葉……では済まなかった。

「待って獄寺君!この人泣いてるから。ねっ?」

耳を疑うような2人の会話に、咄嗟に身体は離れ涙すらも引っ込んでしまう。さも当然のように「私が誰か分かりません」って口振りで成立している会話。何者ってなに?この人、ってどういう事?
ふと見た武は、苦笑いで一杯の表情をしていた。

「ねぇ、何、これ。どういう事?」

想像以上に困惑していたらしい私は、呂律すら上手く回らず武に問いかける。観念したように口を開いた彼は、真剣な顔で落ち着けと言った。

「この2人は依泉の事を知らない。10年バズーカに当たったらしくてな。」
「10年バズーカって……じゃあ5分経てば……」

2人は元の時代に戻るの?ツナはどうなるの?そう聞く事は叶わず、武が説明したのは「10年バズーカの故障」という事だった。

「だからこいつらは中2ん時の姿なんだ」

中2の2人。それはようやく冷静さを取り戻してきた頭でも考えるに重い事だった。
私が並中に転入したのは中3の時で、彼らに会ったのもその時だった。考えたくもない事だ。この2人はまだ、私の存在を知らないなんて。

「……そっか、そうだよね」

ツナ達に感じた違和感はそういう事だったんだ。幼い顔立ちも、私への不審な反応も、全部に納得がいってしまう。どちらにしろ、同一人物であっても彼らは私だって知らない時代を生きているんだ。

「馬鹿みたい。生き返る訳なんてないのに」

私は全然ツナの死を受け入れてなんていなかった。生き返るはずなんてない。帰ってこない。
もう思い知らされたはずなのに、それでもまだ心の隅でその想いは消えないまま。
けれど今はツナ達こそ10年前から来たならきっと混乱しているだろうに、こっちの方が慌てふためいて余計に状況をややこしくさせてしまった。しっかりしないと。

「ごめん……ね、ツナ」
「え、あの……貴女は?」

何て名乗れば良いのか少し迷う。多分、名前だけを聞かれてる訳じゃないだろうから。
口ごもる私の頭にぽんと手を置いて、助け船……というよりも代弁をしてくれたのは武だった。

「ツナ、お前の恋人だよ」
「えっ……えぇー!京子ちゃんは?」

ああやっぱり。中学時代ツナが京子を見ていたのは、そういう理由だったんだ。
ひとつ、またひとつ……ツナの記憶が辛くなっていく。いつの間にか流れた涙は、もう悲しみ一色に戻ってしまっていた。


幻想曲はまだ終わらない

会いたい、と自分を傷付ければ……彼に逢えますか?


執筆2007.11.11.sun
加筆2009.04.04.sat

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