「最近依泉、映画の話ばっかりだよね」

数日前、久々に依泉を早く退勤させた時の事。ささっと片付けを済ませる彼女はやけにご機嫌だなと理由を訊ねてみれば映画を観に行くのだと言った。聞けば中学時代女優を目指していた友達の夢が叶った作品だとかで、仲の良かったオレにも連絡を寄越してくれていたなと思い出した。
その日オレは片付けなければいけない書類がこんもりと、そりゃあもう机の上に真っ白い山できるほどたくさんあったのだけど。
本当に重要な少しにさっさと判を捺して残りの書類をある部下に押し付けた。真っ青になりながらも引きつらせた笑顔で「責任を持って俺が処理させていただきます、10代目!」と仕事を受けてくれた部下を持ってオレは幸せな上司かもしれない。
数年前から並盛の顔となっている大きなデパートには映画館も入っていて、依泉にバレないように同じ映画を観るのが中々大変だった事を覚えている。結局上映後バラしたけど。

それから3日が経った。彼女は余程感動したのか暇さえあればその映画の話題を持ち出した。そろそろ前みたいに他の話もしたいかなと思って指摘してみる。するとまだ3日でしょ?とむしろ不思議そうに首を傾げられた。いや、良いんだけどさ。でも最近付き合い悪いし、オレが聞きたいのは依泉の話なんだけど。

「そんな事言ったって綱吉以外はまだ観に行ってないから話せないし」

仕事中以外は敬語をきっちり無くしてくれる依泉の気遣いが密かに嬉しい。いつもならそんな事を思うのに、今日はそれどころじゃない。
パンフレットを手に瞳を輝かせる依泉。まるで物語に恋する少女のようで、可愛らしいんだけども。

「そんなに言うなら、今日にでも山本君辺りを早めに退勤させて?観に行ってもらって話するからさ」

まだ話す気か!とも思ったけどこのままじゃ本当に山本にこの役目が移ってしまう。そうなるとしばらくは山本にべったりくっついてオレの元に来ないつもり?

「無理。それは駄目、絶対」

じゃあもう少し付き合ってくれるよね?究極の選択、ですらない。渋々肯定すると依泉は満足気に微笑んだ。

「でも1日中その話は止めろよ?オレが聞きたいのは京子ちゃんの話じゃなくて、依泉の話なんだから」

意外そうに目を丸くする依泉だが、少しして開いた口からは予想外な言葉が飛び出す。
そう、映画に主演として出た友人の名は笹川京子だった。以前と違い長く伸ばした髪が大人っぽさを演出していた。

「やったね、私。女優に勝った。いや、初恋の相手に勝っちゃった」


I win!

2010.02.12.fri

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