桜吹雪が窓の外を艶やかに彩り、緩やかな風が頬を撫でる。
新しい環境が始まるに相応しい情景が、まるでこれからの私達を祝福するようだ等と性に合わない感情を抱いたのは、ほんの10分ばかり前の事だ。

下ばかり向く姿はこんな日に不釣り合いなもので、あらゆる変化を前に誰よりも混乱していたのはきっと私だろう。

この日私の人生は大きくも小さくも変わったのだ。





「もぉ……どこ行ったのかな。っていうかここはどこ?」


ひと気の無い長い長い廊下に一つだけ己の靴音が小さく響く。それは周りが全くな無音の事を相乗してやけに不気味に思わされる。
おろしたての少し大きめの制服を身に纏って、今、私は何故道に迷ってしまっているのか。

「そこ行く女子、こんな場所で何をしているのだ!」

意気消沈しているところに大きく聞こえたのは男子の声。それは怒声のようでもあるし、ただ声が大きいだけかもしれない。ただ、悪意は感じずとも驚くものは驚いてしまう訳で。
私の事?と恐る恐る元来た道を振り返れば、そこには銀髪の頭をした、先輩と思われる男の子がこちらに近付いて来ていた。それも結構早足だったものだから、私はすっかり萎縮する。
嗚呼、ここはもしや立ち入り禁止だったのだろうか。

吃りながら何とか自分のクラスの教室は何処かと聞けば、納得したようにその人は「なんだ、新入生か」と手を叩く。一々声の大きさに驚きながらも、迷子かと言われれば恥ずかしさが込み上げる。

「任せろ、俺が極限案内をしてやるぞ!遠慮はするな!」

“極限”?
初対面の会話はこんなものだった。黙っていればいつまでも喋り続けるだろうその人は、しかし一瞬にして先輩への怖いイメージを打ち砕いてくれた。


初めて来た場所=迷いの森、な私はやはり、中学生として足を踏み入れた校舎に早速方向音痴を発揮した。入学式早々お騒がせな私を疎ましむ訳でもなく、はたから見れば強制的に、私にしては親切に案内をしてくれた先輩は、どうやら私の中学生活におけるキーパーソンだったのだけど、この時の私はそれを知る由もなかった。

勿論その後の教室で私は恥をかく事となるのだけど、先輩の個性的キャラクターが幸をそうしてか、クラスメイトの視線が私から逸れた事にも正直な所大感謝である。
そんな訳で普段より印象強く根付いた救世主を、私が二度目に見たのは部活勧誘会での話だ。



「我がボクシング部では極限強い者の入部を待っているぞ。良いか!そもそもボクシングというのはだな……」


その人は体育館一杯に響かせた声でボクシング部の演説改めボクシングを語っていた。
どうやら極限というのは彼の口癖であるらしい。
笹川了平。初対面で名前を聞かなかった私以外にも、この勧誘会でその名を覚えてしまった生徒は多い事だろう。

以前からあったマネージャーへの好奇心と、前回の恩返しを兼ねて、結果私はボクシング部にマネージャーという形で入部届を提出したのだった。


2009.08.07.fri

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