*番外/雲雀が第2ヒロインを口説きます



晴れの日が増えた。長く続いていた雨もそろそろ渇れたのか、並盛は梅雨明けを迎えたようだった。同時に気持ち良い快晴の下、じめじめとした空気はカラリと爽やかなものに一変する。
毎日段々と気温が上がって、それでもそれなりに過ごし易い気候のいつも通りの平日の事だった。

「桜、これはなに?」
「並中新聞」

桜が当然、と言った態度で返した答えに雲雀は目に見えて顔をしかめた。
簡潔といえばとても簡潔な答えだが、それが彼の聞きたい返答だったかと言えばそんなはずもなく。ひねくれた子供のような切り返しに雲雀は隠すでもなく溜め息をついた。

「言い方を変えるよ。この記事は何のつもり?」

現在雲雀の手には一枚の紙が握られていた。それはベタベタと写真やらワープロ文字やらが画面一杯に貼り付けられていて、何かのスクラップのようにも見えるが、少し大きめに書かれた号外の文字はそれが印刷前の新聞である事を示していた。
一際目に付く特大文字で書かれているのは「天下の風紀委員長、まさかの二股!?」という何やら不穏な見出しで、所狭しと活字達がセンスよく敷き詰められている。

「何って雲雀の浮気現場をカメラに収めてみたんだけど?」
「却下」
「あぁっ!私が昨日一夜漬けで書き上げた特ダネ記事が……!」

何やら説明臭い桜の叫びも虚しく、ビリビリと雲雀の手によってそれは引き裂かれた。無惨にも机に放られた紙面では、雲雀と見知らぬ少女が談笑している写真が密やかに笑っている。

週一のペースで発刊される新聞部発足並中新聞は、生徒はおろか教員さえも虜にする学校生活での楽しみの一つである。
しかし今回のそれは世に知れ渡る前のもので、この記事の執筆者にして新聞部を一躍有名にした新聞部部長の桜と、目の前の雲雀だけがその存在を知っている。

「なーんて、こういう事もあろうかと、コピーは取ってあるんだから!」
「そんなもの僕が許可しなければただのゴミだよ」

幾ら何でもゴミ扱いだなんて!桜は最後の記事屑が、はらりと机上に到着するのを見守っていた。

どうして反論をしないのか。答えは実に簡単で、大変残念な事に雲雀の言うことが事実だからだ。並中新聞などという、校内のみに関しての情報の広まるスピードはインターネットをも凌駕するような危うい紙面だ。並中を牛耳る風紀委員長様が放っておく訳がない。発行には彼の許可を得る必要がある。
しかしこれまで認められなかった記事など片手で数えても余る程だった。それがなんと、今回は本文に目を通すより早く却下、挙げ句破かれてしまったのだ。
その当事者であったはずの男の方が、納得のいかないように溜め息を吐いた。一体何がしたいんだ。

「……雲雀が浮気したんだもん」

さっきの元気はどこへやら、桜は不機嫌丸出しに俯く。この二人の交際説は実の所少し有名で、並中生なら一度は聞いた噂だろう。ただし真相を知る者は風紀委員より外部にはいないに等しい。
ああ、拗ねてるな。雲雀は彼女の機嫌の変動を目敏く見つける。それもこれも物心つく以前からの幼馴染みであるから、彼にとっては当然の事でしかないのだが。

「浮気なんてしてないんだけど」
「この期に及んでとぼけるの!」

じゃあこの写真はなんて説明するの?動かぬ証拠でしょ!
まるで刑事ドラマのワンシーンの様に写真を突きつける桜に、雲雀は「気が合ったから少し話してただけだよ」と無実を主張した。

「雲雀が?いやあり得ない」
「失礼だね君」

白い目で見られた桜が再びしおらしくなる。それが本当としても、何も二人きりで応接室で話す事ないでしょ?
普段人を極端に寄せ付けない人なんだから、余計にそんな行動が際立って見えてしまう。どうやら二人の恋仲は噂止まりではなかったらしい。

「二人じゃないよ」
「……え?」
「僕達以外にもいたんだよ、例の沢田綱吉が。彼女の兄貴らしくてね」

写真のアングルからしてちょうど見え辛かったんじゃない?でも、探したら一枚位写ってるかもしれないよ。
きょとんとして動きを止めた桜を見て、口の端を上げた雲雀はさも楽しそうに笑った。

「……、あ」

急いで鞄を引っくり返し、昨日撮ったばかりの写真を机に広げた桜は一枚の写真を見て動きを止めた。
そこには小さいながらも確かに写っていたのだ。雲雀の言う通り、少女と同じ髪の色をしたツンツン頭の少年が。

「動かぬ証拠だね」

こういうのはいつもなら即効で咬み殺しているだろうに、昨日の委員長様は随分と機嫌が良かったらしい。
「まだまだ観察力が足りないんじゃないの?」笑った雲雀に桜はようやく反応を示した。

「こんな小さいの気付かないよ」

すっかり自信喪失した桜の反論に迫力なんてものは微塵もない。それを見て雲雀は静かに机に向かい手を伸ばした。先程無造作に広げられたたくさんの証拠写真を手に取り、例の如く破いてしまった。

「な、何して……!」
「要らないでしょ」
「そうだけど、」

さっきの新聞といい、どんなものでも自分の作品を破かれるのに抵抗がない訳がない。そんな桜にとって目の前で起こった光景は何とも悲しい。語尾が曖昧ながらも反論の言葉を考えるが、残念な事に雲雀を前にしてそんな猶予は与えられない。
彼女の機嫌の取り方をよくご存知だ。

「そもそも僕が君以外を恋愛対象にする訳ないだろ」


どちらが本当のスクープか。


2009.12.05.sun

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