「いってきます!」

あの日から1週間近くが過ぎた。道に迷った私が、偶然通りかかった笹川先輩に助けてもらった日だ。私が初恋を自覚した日でもある。
その日から緊張で先輩と話せない!だなんて事はなく、多少心境の変化はあれど誰に気付かれる訳もなく、変わらない日常は続いている。今日も私は駆け足で玄関を跨ぎ学校へ向かう。

「あれ、網出るの早くない?」
「朝練があるんですって」
「ふーん」


ボクシング部は今空前の好機を迎えている。我が部は今まで、人数やらの関係でロクな大会にも出た事がなかったのだけど、何と来月から行われる夏の大会にエントリーが決まったのです!
これは笹川先輩が汗水垂らして部員をスカウトしていた事も吉と出ていて、トーナメントに勝ち進めば国内No.1も夢じゃない!らしい。

そもそもボクシング部にマネージャーがつく事すら稀で、大抵マネージャーに興味があっても花形の野球部やサッカー部に持っていかれる。
今考えれば私が入部した時もやけに皆さんハイテンションだったのはそういう理由があったらしい。私が入部を決意したのだって笹川先輩への恩返しだし、そう考えれば今更だけど先輩は凄い人だと実感する。笹川先輩を中心に並中ボクシング部が円滑に動いていると言っても過言ではないだろう。

「朝練終了ー!」

顧問の声にそれぞれの動きが止まる。それを見計らってお疲れ様です、と一人一人汗拭きタオルを手渡していく。笹川先輩の分を渡した時、いつもなら疲れを知らないかのように笑顔で受け取る先輩はそこにいなかった。どこか視線をさ迷わせてお礼の言葉すら吃る。声にも動きにも勢いがない。怪しい。

「あー……網!」
「はいっ!?」

突然声のボリュームを上げた先輩にびくりとするが、これでもここしばらくで慣れた方だった。今回は不意討ちを突かれただけだ、絶対。

「ここここの大会が終われば話を聞いてほしいのだ!聞いてくれるか!?」
「え、はい」
「本当か?約束だぞ!」

この時私は先輩の言う意味を理解していなかった。何で改まって話なんて?部員の皆さんが微笑まし気に私を盗み見るのはばっちり気が付いていたけど、その理由なんて知る由もない。私は一人首を傾げるのだった。



「――っていう事があってね」
「へ、へぇえ……」

夕飯後の一時。ふと思い出してワイドショーを見ていた綱吉に今朝あった事を話した。綱吉なら笹川先輩とも結構仲が良いし、もしかしたら先輩の挙動不審な点について何か分かるかと思ったからだった。けれど。

「……ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる、聞いてる!いやーお兄さんなんかあったのかなーなんて……ははは」

挙動不審はむしろこの目の前にいる兄妹の方かもしれない。目は合わせようとしない、というか明後日の方を向いているし、笑い方は不自然。台詞だって棒読みだ。もしかしたら何か知ってて隠し事をしているからかもしれない。そんな線も考えられたが、これ以上聞いても綱吉ははぐらかす気がしたので結局モヤモヤは消えなかった。
自室に戻る為にリビングを出た時、綱吉が頭を抱えているなど私は気付くはずもなかった。


(どーしようそれって告白だよな?京子ちゃんに、あの二人に何か動きがあったら連絡してって言われてるんだよなぁ。告げ口みたいで嫌だけど……しなかったらオレどうなるのかな……!っていうかそこまで言われて分からないって網って実はスゴイ天然!?)


2010.02.07.sun

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