「極限喜べ、パオパオ老師が来られたぞ!」

部室内に笹川先輩の声が響き、それを合図に部員達が歓喜した。それに混じってゾウの鳴き声を真似ているであろう子供の声がひとつ。
部室の隅で洗濯物を畳み終えたばかりだった私は、そのボリュームに目を見開いた。声の発信源は主に出入口付近にあり、振り向いたそこには笹川先輩とその肩に乗った子供を崇めるように囲った部員達が集まっていた。それだけでも奇妙な図が出来上がってると言えるが、問題はもう一つ。パオパオ老師と自称する赤ん坊(赤ん坊なのに老師だなんて変だけど)は私の目が可笑しくなければ多分、いや確実に、リボーン君だと思う。
しかし部員には名のあるボクサーと思われているらしく、大会を目前にして練習を見に来て下さった有難い人物で通っていた。

「……でもちゃんと練習は見てくれるんだね」
「当然だぞ。俺は嘘はつかないからな」

手の空いた私とリボーン君、2人で暫し部員の各々の動きを観察。先程一応確認を取ればパオパオ老師はすんなりと正体を明かした。「よく分かったな。他の奴らには内緒だぞ」と茶目っ気たっぷりな行動に癒されたのは秘密だ。

話は変わるがこの並中ボクシング部、笹川先輩の強さが一際で他が目立たなくなってしまっているが、部員全体のボクシングセンスは中々のものだったりする。それが他と比べてどれほどのものなのかは私には全く予想もつかないが、それも今度の大会で判明する。



「なぁ、網って好きなヤツとかいるのか?」

パオパオ老師たるリボーン君が練習を見に来るようになってから経過した時間は3週間。その間にしとど降り続いていた梅雨も明けてすっかり蒸し暑い、夏らしい気候となっていた。ボクシングの大会の予選を明日に控えて、放課後部室までの道程を歩いていた私に話しかけてきたのは同じ方向にある野球部に向かうのであろう山本君だった。

「えぇっいきなり何!?」

突然のフリに当然に驚く私に、いやさ、と山本君が笑う。「網って結構モテるんじゃねーかなって思ってな」反応に困り気付けば閉口。どうすれば私を見てそう思うのだろう。こっ恥ずかしい事をサラリと言ってしまう山本君のそれは最早天性のものなのか。思えば初対面もこんな風に放課後部室へ行く所だった、近頃の私はデジャヴを感じる事が多い。

「そんなまさか!モテるわけがないじゃない」
「そうなのか?」
「私告白なんてされた事一度もないんだよ?山本君はあるでしょ?たくさん」

そんなたくさんって程はねぇなーと言いつつ次に山本君が口にした数字は私に目眩を感じさせるには十分なものだった。うーん天然って恐ろしい。

「で?誰が好きなんだ?」

好きな人がいるかどうかの質問から好きな相手に質問が入れ替わってるよ山本君!これ言わなきゃダメな感じなのかな。私の好きな人って……言ったら。

「んー……やっぱり今のナシな!」
「へっ?」

それよりさぁ、と何事もなかったかのように明日の大会の話に切り替える山本君。さっぱり意味が分からない……ので、答えなくて済んだ点を良しとしておこう。

「んな顔されたら聞くに聞けねえよなー」
「何の話?」
「何もないぜ?」

その意味は私には迷宮入りである。


2010.05.29.sat

|


OOPARTS