地区大会最終予選にて最強チームに敗退した並中ボクシング部の夏は、部員達に最後に悔し涙を教えて幕を閉じた。
が、笹川了平の夏はまだ終わってはいなかった。


「ええい、さっきから言っているではないか!」

数日振りの部活動の後。蝉達の忙しない声に対抗するように大声を出しているのはご存知笹川了平である。口論の相手は珍しくも沢田網だが、周りは特に止めるでもなくそれを痴話喧嘩のように見守っている。

「負けた俺に言う資格はない!」
「そんなのは関係ないじゃないですか!」

ちなみにその内容は先日のボクシングの大会について。問題は大会前に了平がした「大会後に話を聞く」という約束にあった。

「私は試合が終われば聞くように言われました。優勝したら聞くなんて約束をしたつもりはありません」

了平の態度は綱吉の予想を全く裏切らなかったが、それに全く納得できない様子の網は珍しく反抗的で強情だ。
試合はこうして終わったんですから、“約束通り”聞かせてもらいます。

「話聞くまで帰りませんからね、私」

ある意味これは男の名誉に泥付け傷付けな行為かもしれないが、今のところ本人達も周囲もそういう風には考えていないらしい。本当に学校に居座る訳はないのだが、それくらいの意味で言った網の言葉を真に受けてしまったのは了平だ。自分のせいで網が帰らないのは、とっても困るのである。

「……じゃあ、聞いてくれるか!網」
「!はい」

いくらなんでも邪魔しちゃいけないと、最低限の空気は読むらしいボクシング部員は既に岐路に着いてこの場にいない。部室前でふたりになって、改めて了平は緊張感を味わった。ボクシングの試合なんかとはまた随分違う緊張感だった。

「おおお俺はだな、網の事がぁっ」
「お兄ちゃん!網ちゃん!」
「ちょっ、京子ちゃん……また!?」

いざ気合いを入れて口を開いた了平だったが、その言葉は最後まで続かなかった。前にも覚えのあるシチュエーションだ。
遮ったのは了平の妹である笹川京子、次いで網の兄の沢田綱吉である。彼らはベタな事に部室棟の近くの草むらから出現した。つまりは、これは偶然ではない。

「あぁっまた!先輩の話邪魔するのこれで2度目だよ綱吉、京子ちゃんまで連れてきちゃって!」
「えぇその言い方だと悪いのオレ?会話に割って入ったの京子ちゃんだろ」

女の子のせいにするなんて、綱吉には絶望しました!と半分冗談で言う網だが、了平が硬直してしまっている事に気付く。

「えっとすみません、先輩。話って今、できます?」

部員がそそくさ帰った辺り、あまり人には聞かれたくないのかもしれない、とそれは網の割には鋭い観察だった。

「お……お兄さん?」
「どうしたの、お兄ちゃん?」

身震いしている訳じゃない。武者震いな訳もない。了平はぶるる、と全身を小刻みに震わせていた。それに邪魔をした者含め全員が心配をするが、次の瞬間了平が空に吼えた。

「好きだーっ網!」

その声は校内中に響くのではないかというほどに近くにいた者には感じられた。
もう少しすれば、太陽が西へ傾き始める。
夕日のように真っ赤になった了平が永遠に感じるほどの割と長い時間、これからこの一帯は動きを止める事となる。それが終わりを迎えた後の彼の心境がどうであるかは、皆々様のご想像に委ねる事にする。


2010.09.20.mon 完

|


OOPARTS