それはようやく新生活にも慣れてきた、ある1日の事だ。

「おはようございまーす。……ん?」

私網の所属しているボクシング部の部員の方々……とは言えまだまだ少数なのだが、彼らは皆良い人ばかりである。運動部だというのにほのぼのとした空気の絶えないその空間に、マネージャーの仕事にも精が出るってものだ。
その日の放課後、いつものように部室へ赴けば……赴けば何故か、眉間に皺寄せをして仁王立ちした笹川先輩がいるではないか。

「おぉ網、来たか」
「……何してるんですか?」

扉を開けたらどどんと人が立っているなんて、誰が予測できたろう。いやできる訳がない。冷静な動作で部室のベンチにスクールバッグを置く私だが、正直な所は少し、いやかなり驚いて引いてしまった。
しかしそんな事はお構い無しに先輩は堂々たる立ち振舞いでこれまた堂々と口を開く。

「うむ。待ち合わせをしているのだ!今朝方ある男を我が部にスカウトしたのでな」

へぇ、と小さく声が漏れる。笹川先輩自らのスカウトとなると、相手の腕は本物だろう。ストレッチをし始めた先輩は、そのままの調子で続ける。

「奴は少々照れ隠しをしていたがなっ、1年の極限強い男だぞ!」
「なっ……!」

サァッと顔から血の気が引いていくのを感じた。流石にこれにはたまげてしまった。絶対、照れ隠しなんかじゃないと思う。

「あの、勧誘って無理矢理したら駄目なんじゃ、」
「ど……しよ……っぱり」

多分、普通に考えれば相手が来る確率はとてつもなく低い。なんて考えていたら、部室の前で誰かの籠った話し声が聞こえた。

「ん?何だろう」
「来たか!」
「え!?」

一方的に取り付けられたであろう約束で律儀に此処まで来るなんて。……お人好しかなぁ。
そんな事を考えていれば、いつの間にか扉の前まで移動していた笹川先輩が歓迎の台詞で出迎える。
それにビクリと肩を震わせてはどもる相手の声を、私はよく知っていた。

「……あれ、綱吉?」

おどおどとした声はそれでも男かと言う程の弱々しさだったけど、残念ながら生物学上それでも男なのだと、私は笹川先輩より、いや校内で誰より知っている。何せ“生まれる前から一緒にいる”のだから。
だからこそまさかと思うのは仕方なく、けれど先輩の身体で隠れていた扉の奥の人物の顔を確認する為、私は近付く。覗いた顔は

「ん?……網!?」

何故か、そこには綱吉がいた。



「なんで網が?」
「え。だってほら、私マネ……あ、そっか」

よく考えてみれば、綱吉には私が何部のマネージャーなのかまでは言ってなかった気がする。

「網は我がボクシング部のマネージャーだぞ!」

えぇっ!?と大袈裟に驚く綱吉だが、そこでふと思考は原点に戻る。
待て待て待て、何で綱吉がここに?何か忘れてる。そうだ、笹川先輩は確か勧誘って言って、1年って。それで、このタイミングでボクシング部に縁のないはずの綱吉が来たのは、つまり。

「まさかスカウトされたのって……綱吉!?」

そのまさかだったらしい。
大きく見開いた目を、ぎこちなく反らされる。苦笑した綱吉が小さく肯定した。声裏返ってるんだけど。

「きょ、“極限強い1年”が、綱吉ぃ?……ぷっ」
「笑うなよ!だから誤解解きに来たのに!あれはリボーンが……っ」
「へっリボーン君?」
「というか網、沢田と知り合いか?」

思わず噴き出してしまった私にかぁっと綱吉が赤面して否定する。そこでどうして人名が出てくるのか謎に思う前に、今まで会話を聞いていた笹川先輩が話を振ってきた。

「あ、知り合いというか」
「もしや、彼氏だったりするのか?」
「……は、」

あぁ、入学して何日かはよく聞かれるんだよね、それ。それももうすっかり無くなってたから少し驚いた。けれど。

「ななな何言ってんですか!」

一方の綱吉がそこまで動揺している事にはもっと驚いた。まさか、今まで聞かれる事なかったんだろうか。

「違うのか?」
「違います!」
「そうですよ先輩。私と綱吉は兄妹です」

ぽかん。私の言葉を聞いた笹川先輩は目を点にして、兄妹?と聞き返してきた。
そう、彼、沢田綱吉と私は

「双子なんです。綱吉が兄で」

淡々とした調子で言えば、一時停止をしていた笹川先輩が突然大きく……それはもう大音量で笑い声を響かせた。そうかそうかとよく分からないテンションの先輩に、二人仲良く頭を乱暴に撫でられる。

「言われてみれば苗字が同じだな!」

新発見だ!とでも言い出しそうな調子の先輩に、兄妹揃って今更!と心中ツッコんだ事は誰も知る事はない。

「それにしてもお前ら、双子なのに似とらんな」
「よく言われます」

二人ぱちりと目を合わせて、苦笑するのももう慣れっこなのである。
軽快な雰囲気に乗せて、私的に綱吉がお兄ちゃんな事の方が不思議だと言ってみれば、うっと綱吉が声を詰まらせた。

「何故だ?沢田が兄貴とは、極限そんな感じではないか!」

これには二人して驚いた。それは当然笑って流されると思ってたからで、まさか反論されるとは思ってもいなかったのだ。
(そんな事、初めて言われた。)
綱吉は嬉しかったのかほんの少し眉を浮かせて、逆に網はほんの少し不満げに変わった事を言う先輩を見上げるのだった。


2009.08.22.sat

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