リボーン君。彼は私達が中学に入って間もなく、我が家にやってきた綱吉の家庭教師だ。
見た目はどう見たって赤ん坊なのだけど、言動や雰囲気は大人びていて、悔しくも私より頭は良いだろう。

「綱吉ー、ご飯できたよ?」
「んー」
「ほら、もう皆食べてるんだから」
「んー」

ただ今午後7時過ぎ。出来立ての夕飯を一先ず置いて、2階へ綱吉を呼びに行く。
中から聞こえてきたのはTVゲームの効果音と、綱吉の空返事。見兼ねて中を覗けばやはり、ゲームをしていたらしい。なんでもない、家庭のワンシーンだ。

「もー、聞いてる?」
「んー」
「……冷めたって知らないからね!」

バタンッと扉を荒々しく閉めた時4度目の空返事が耳に届いて、それがまた少し苛々を増幅させる。知るもんかと私は結局1人で階段を駆け降りた。

「あら、網ちゃん。ツー君は?」

キッチンへ入ると、そこでは既にちびっこ達が和気藹々と食事を始めていた。習って私も席につく。

「知らない。放ってきた」
「まだゲームしてんのか?」
「うん。全く、誰に似たんだか!」

お母さんとの会話に自然に入ってきたのはリボーン君で、ブツブツ文句を垂れながら返事をした私に、「お」と小さく声を漏らした。

「今日のメシは網が作ったのか」
「あ、分かった?」

ズズ、と微かな効果音を付けて、リボーン君が味噌汁をすすった。
子供は味に敏感なのか。今日の夕食はお母さんの味を盗みつつ私が作ったものだ。けれどそれでもリボーン君は易々と、一口目にしてその微々たる違いを見極めてしまったらしい。お母さんより少し味が濃いめだと、言われて慌てて自分の容器に手を伸ばした。味見、したんだけどなぁ。

「……ん?」

濃いかな?と味見の時と同じ味のするそれに首を傾げれば、視界の端にニッと笑んだリボーン君の表情が見えた。
返ってきた答えは「分からない程度」。ほっとすると同時、少しだけ強張っていた自分の頬が緩むのが分かる。

「ウマイぞ。また腕上げたな」

ああなんだ、良かった。なんて考えながら、単純だけどリボーン君のおだてに嬉しくなってしまうのは仕方ない事だと思う。

「リボーン君ってばお世辞が上手!」
「本当だぞ」

すっかり二人で盛り上がってしまっていたらしい。いつの間にかお母さんは買い出しへ出掛けて、他にリビングにいるランボ君とイーピンちゃんのおかずを取り合う姿を横目に見る。
そこでふと、何気なく隣に腰かけるリボーン君に前々から疑問だった事を問い掛けた。

「ところでさ、綱吉の家庭教師ってどうなの?」
「何がだ」

リボーン君はチラリと此方を一瞥したものの、無関心なのかまたすぐに食器へ視線を戻した。

「具体的に何してるの?」
「勉強だな。俺は家庭教師だぞ」
「勉強……ねぇ」

それは分かってるんだけど。問題は本当にそれだけなのか、若しくは何の勉強なのかだ。
隣の綱吉の部屋からはよく、騒音や爆音みたいな音が聞こえるし、彼が来てからというもの定期的に家の何処かが壊れる現象まで起こりだす始末。成績だって今の所変わらずだし……。

「ねぇ、それって本当に学校の、」
「聞かねえ方がお前の為だぞ」
「……え?」

どういう意味なのか、それを理解するには私の弱い頭は乏しい。少しだけ居心地の悪い空気が流れたけれど、リボーン君がいつもの不敵な笑みを浮かべた事でそれは直ぐに和らいだ。

「それより網、学校はどうだ?」
「ん……楽しいよ?」
「そうか。部活は……マネージャーだったな」

前触れもない話題転換に頭が中々着いて行かない。やっとの事で言葉を返す。
どうだ、面白い奴はいたか?と今度は部活の話題に切り換えたリボーン君に一瞬で私の頭はさっきまでの空気を忘れた。

「うんうん!すごく変わった人ならいるよ」
「そいつは強ぇのか?」
「そりゃね、何たってうちの主将!」

いちマネージャーとして誇らしく肯定すると、リボーン君は意味深に「そうか」と呟いた。

「気になるのか?」
「へっ?……気に?」
「なんだ。違えのか?」

楽しそうに話してるから、てっきりな。なんて若干つまらなさそうにしているリボーン君はもう、本当に赤ん坊とは思えない。今更ながらその台詞達は赤ん坊には無縁に思える。

「……つまり?」
「いや、もう良いぞ。これで網が意識でもし出した日には、あのシスコンがうるせぇからな」

クエスチョンマークが私の頭上を舞っている。リボーン君と会話をするとたまにこういう展開が待っている。私が物分かりが悪すぎるのか、はたまたリボーンが凄いのか。どちらにしろ年上の貫禄云々は皆無である。
シスコンって言うのは、もしかして綱吉の事だろうか。もしかしなくとも私には他に兄妹はいないのだけど。というか、意識って何を?
私が深く考え出した時、リボーン君が小さく鈍いと言っているのが聞こえた。それは私の事?これでも運動神経は標準よりはあるんだけど!

気付けばランボ君とイーピンちゃんは食事を終えて居間でTVを見ていた。出遅れていた私もあと少しで、リボーン君に至っては既に食器を下げ始めている。赤ん坊なのに、偉い。
お母さんはまだ出掛けている。となると聞こえてきた、2階に繋がる階段からの足音の主は一人しかいない。

「遅い!」

姿を現したのは案の定綱吉で、私はじろりとその姿を睨み付けた。
すると謝りながら弱気な綱吉は小さな言い訳をする。どうやらラスボスに手間取っていたらしい。ちなみに負けたらしい。家族団欒を掻き乱した罰が当たったんだ、様ぁ見なさい。

「謝る位なら遅れるな!これ我が家の約束事」
「んなぁ……!?そんなのいつ出来たんだよ!」
「うるさい。夕飯抜きにされたいの?」
「ごめんなさいオレが悪うございました!」
「ははん。次は無いと思いたまえ」

沢田兄妹で繰り広げられるコントを、ちびっこ達がじっと見ていた事に気付き、言い訳を言う代わりに席を立つ。何だこの羞恥心……!
ちょうど食べ終えた食器を下げて、すっかり冷めてしまった味噌汁の鍋に火をつける。

「全く……ゲームを理由に私お手製の夕飯に遅れるとは何事かな!」

ブツブツと綱吉に聞こえるように文句を言えば、予想に反して綱吉は目を丸くして驚いた。
ちなみに予定では謝るか、肩を落とすかをするはずだった。

「えっ……今日の夕飯網が作ったの!?」
「そーだけど……」
「なんだ、言ってくれたら良かったのに!」
「へ……」

何だろうこのテンション。まさか要らないなんて言い出さないよね?

「久々だなー、網の料理」

一応、楽しみにはしてくれてるらしい。よく分からない綱吉の心情に疑問を持ちながら、てきぱきと食事をテーブルに並べる。

「いただきまーす」

なんて綱吉が無邪気に言った頃、ソファでTVを見ていたはずのリボーン君が私の元へやってきた。

「だから言っただろ。あいつはシスコンだって」

肯定したくはないが、今なら納得できる気がしてしまう。
(しかも、当の本人は無自覚ときた。)
網が苦笑いを返すものだから、続く言葉は自分の胸の内だけに留めておく事にしたリボーンだった。


2009.08.25.tue

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